南谷は、書が線の芸術であるという天来の教えを受け継いでいる。書の線は書かれた文字の意味や文学的内容をそのまま伝える従属的なものではない。また、文字に託した書き手の喜怒哀楽の感情表出でもない。書の線質、遅速、曲直、潤渇、強弱等の線の形体が、筆者の性情の変化に随って流出し、その人間が表れるのである。絵画の線は物体の輪郭から出発しているが、書の線は筆者の人間の心奥を表す。伝統的な書道で筆意と呼ばれるものである。
南谷の文字を離れた作品は書ではないと、絶えず批判されてきた。しかし南谷は、自分の作品は書である、しかも書の本質を継承している書であると一貫した信念を持ち続けた。