2010年1月21日
20歳の書 蘇東坡詩集の書き込み その2
『蘇東坡詩集』の書き込みは先週紹介したほかに、巻2、4、5、11、16、25の末葉(巻11は首葉にも)に閲読記録がある。嘉永4年(1851、いまから160年むかし)の初冬10月10日の夜に巻2,5,11,16を、12日の夜には巻4を、25日夜には巻25を「香雪齋」で読んだことを記している。
巻11末葉の書き込みである。「嘉永四辛亥十月十日夜 香雪齋にて閲す 梧竹 東坡先生の「米芾二王帖の後に次韻す」は大作 殊に妙なるを覚ゆ 三たび唱して覚えず夜四更(午後10時)に到る 時に細雨窓を打ち 寒燈融々たり」。
小雨が窓を打つ初冬の夜、香雪齋の寒々とした行燈のもとで蘇東坡詩集に読み耽る25歳の青年梧竹の姿がありありと浮かんでくる。梧竹の蘇東坡への思い入れについては、昨年4月16日のブログで紹介したところだが、ここにそのルーツが見出される。なお、「米芾二王帖の後に次韻す」の詩は、米芾が自分の蔵する二王帖に付した跋詩に東坡が次韻したもので2首あるが、少し長いので引用は省略する。
25歳の率意の書き込みが、これほどまでの力量を発揮しているのは驚きである。その後50年を経て70歳代後半に至って創成した連綿草書に繋がるものを読みとることができる。墨量の多い行と少ない行を1行おきに交互に配して、立体的な表現効果をあげる技法も、晩年の書の整然とした立体構成を予感させる。これらは梧竹が意識的に行ったものか、または天性そなわった美意識からおのずとうまれたものか、解明は困難である。墨量の多少の行を交互に配置する構成は、藤原行成の書跡や藤原佐理の離洛状などにも感じられ、日本人の伝統的美意識のフォームと考えてよいのではないだろうか。
唯一楷書で書いているのが第25巻の書き込みで、清潔な美しい楷書である。
故人の慶林は何人なるかを知らず 跡を継ぎて読む者は荻州の書生 無林小史なり
嘉永四年辛亥十月廿日夜 孤燈に対し 偶(たまた)ま香雪齋にて記す
文中の慶林は、前ページの寛永9年(1632)の書き込みに慶林と署名があるのをさす。荻州はオギ、すなわち小城の国、無林は九州方言で無いはナカだからナカ林すなわち小城の国の中林ということになる。こういうダジャレ的な遊び心も梧竹の持ち味の1つである。
以上の2点以外の書き込みは、いずれも巻11と同様の草書がきで、文は次のとおりである。
巻2末 嘉永四辛亥十月十日夜読于香雪齋 梧竹記
巻4末 嘉永四辛亥霜月十二日一読了 梧竹
巻5末 嘉永四辛亥十月十日夜読于香雪齋 梧竹記
巻11首 嘉永四辛亥十月十日夜閲於香雪齋燈下記 梧竹
巻16末 弘化丙午秋初閲 嘉永庚戌秋再閲 嘉永四辛亥初冬十日夜三閲 香雪齋中ニ記 三閲亦妙
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