2009年4月23日
79歳の一行書
院落 簾垂れて 春日長し
院落(垣根でかこった屋敷)は簾(すだれ)を垂らし のどかな春の日は長い
水 芦花を繞(めぐ)り 月 船に満つ
水辺の芦は花をつけ 月の光が船いっぱいにそそいでいる
床の間に一幅をかけると室内の空気が一変する。のんびりと簾を垂れた春昼ののどけさ、芦花と月光を浴びた船を包みこむ水辺の秋夜の気配。それぞれの詩境を巧みに演出する秘密は下3字の造形工夫がポイントとなっている。
梧竹書法の変遷をふりかえると、大きく2度のスクラップ&ビルドを認められる。一つは、明治維新後の50歳代半ば、長崎で余元眉と邂逅し北京の潘存のもとに留学。漢魏六朝、中国風へのアプローチをテーマとしてはじまった。60歳代に入っては徐々に方向転換、日本風への回帰をめざすこととなり、70歳代前半の過渡期を経て独創の連綿草書を完成、長鋒筆書法の至極に到達する。二つは80歳を越え、さらに深厚な新境地をめざしたスクラップ&ビルド、技の長鋒から心の短鋒への挑戦。驚異的な爆発力を発揮し大変身をとげる。
79歳筆1行書の一群は、2つのスクラップ&ビルドの狭間にある。完成された長鋒書法が暫時の静けさを得て、梧竹書業変遷の中に一つのピークを形成した。才色兼備ということばがあるが、艶において80歳以後の色に及ばぬとはいえ、多彩を極める才においては引けをとらぬ冴えをみせている。
ブログでの紹介は前回の「高人自与山有素」、今回の徳島文学書道館所蔵2点にとどまるが、一連の書作は海老塚的傳『梧竹』(清雅堂)、『書道全集25日本11明治大正』(平凡社)、日野俊顕『中林梧竹 書』(二玄社)、日野俊顕『中林梧竹の書』(天来書院)などに掲載されているので鑑賞をおすすめしたい。
同じカテゴリの記事一覧
- 聖寿無窮 補説 蒼海・順徳院殿墓碑 2009/11/12
- 聖寿無窮-(11月の幅) 2009/11/05
- 鶴林玉露 連綿草書の昇華 2009/10/29
- 奉呈悟由禅師 −−追補2(ジグソウ・マジック) 2009/10/22
- 奉呈悟由禅師 −−追補1 2009/10/15
- 奉呈悟由禅師 --同心円章法と視心 2009/10/07
- もう一つの梧竹(篆隷7) 尊楗閣刻石臨書 2009/10/01
- もう一つの梧竹(篆隷6) 篆隷のバリエーション 2009/09/24
- もう一つの梧竹(篆隷5) 進化のアーカイブ 2009/09/17
- もう一つの梧竹(篆隷4)−皮・肉・骨/臨書・倣書・創作 2009/09/11
- もう一つの梧竹(篆隷3)-鉄舟居士賛碑陰 2009/09/03
- もう一つの梧竹(篆隷2)−臨書とは? 2009/08/27
- もう一つの梧竹(篆隷1) 2009/08/20
- 梧竹叢書----北京学習ノート 2009/08/11
- 梧竹寿塔 2009/08/06
- 山谷題跋 2009/07/30
- 楊守敬との接点 2009/07/23
- 楚公鐘銘臨書――臨書にこめる精神性 2009/07/16
- 桜岡公園----時代を跳び越えるモダンな篆書 2009/07/09
- 破滅に瀕した12幅 2009/07/02
- 孝経12幅対(その3)----自然の形 2009/06/25
- 孝経12幅対(その2)----孝の字 2009/06/18
- 孝経12幅対(その1)----書と踊りのコラボ 2009/06/11
- 朝遊詩書圃−−ポイントは目の高さ 2009/06/04
- 墨水邨居雑首 2009/05/28
- 廬山の烟雨ー「もう一つの」モデル 2009/05/21
- 春風動春心 2009/05/14
- 杯渡海鼇避 2009/05/07
- 跳筆―折り目書法 2009/04/30
- 79歳の一行書 2009/04/23
- 高人自与山有素 2009/04/16
- 風竹の図 2009/04/09
- 空眼―『内閣秘伝字府』のこと 2009/04/02
- 点線のヴァリエーション その3 2009/03/25
- 連綿草書-その3 2009/03/19
- 連綿草書 その2 2009/03/11
- 梨本君の秋竹画賛 2009/03/05
- 連綿草書 その1 2009/02/26
- 懸燈照清夜――過渡期の書 2009/02/19
- ナマズの髭――超長鋒筆 2009/02/12
- 鳩の足跡――進化のターニング・ポイント 2009/02/04
- 点線のヴァリエーション その2 2009/01/29
- 点線のヴァリエーション 2009/01/22
- 般仲盤銘の臨書 2009/01/14
- 杉山神社―円筆 2009/01/08
- 明けましておめでとうございます 2009/01/01
- 王羲之の位牌 2008/12/25
- 字ハ王内史ヲ摸ス 2008/12/18
- 潘存の予言 2008/12/11
- ブエンの王羲之 2008/12/04
- 中林梧竹 なぜ80歳以降? その4 2008/11/27
- 中林梧竹 なぜ80歳以降? その3 2008/11/20
- 中林梧竹 なぜ80歳以降? その2 2008/11/13
- 中林梧竹 なぜ80歳以降? その1 2008/11/06
- イントロ 2008/11/01