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比田井天来

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比田井天来が書いた石碑

現在知られている比田井天来が書いた石碑の中で、近隣にあるものをご紹介します。

  • 比田井天来の書碑
    聖徳皇太子石標 佐久市望月 1914年
    鹿曲川のほとりにたつこの碑は、天来が43歳の書です。隷書で、文字の輪郭を浅く彫っています。幹線道路の脇にあり、旧望月町へ入るとき、最初に迎えてくれる碑です。
  • 比田井天来の書碑
    黒沢翁紀功碑 1920年 上田市八十二銀行上田支店
    八十二銀行の前身、第十九銀行の発起人の一人で初代頭取をつとめた黒沢鷹次郎の頌徳碑。長野県佐久穂町に胸像と4メートル近い巨碑が建てられ、その一回り小さい碑と胸像が八十二銀行上田支店の駐車場に建っています。素朴な漢字と小さめのカタカナが調和して、一種の立体感を生んでいます。
  • 比田井天来の書碑
    虚空蔵堂碑 1928年 長野県上田市東内4313
    長野県旧丸子町から鹿教湯温泉に向かう道の右手奥にある法住寺虚空蔵堂は、室町時代の建造物で、大正十一年に国の重要文化財の指定を受けました。手前に建つ「特別保護建造物虚空蔵堂」碑は比田井天来の書です。素朴でおおらかな隷書で、歴史を超えて現代に伝えられた建造物の雰囲気とあいまって、暖かいイメージを添えています。
  • 比田井天来の書碑
    菅公社社標 1930年 長野県佐久市協和天神
    旧中山道望月宿の南、天神林の鎮守は、菅原道真を祀った菅公社です。鳥居の前の道路に面して建っているのがこの社標。息の長い縦長の篆書です。疎密のバランスやのびやかな線の動きが、豊かな空間を生み出しています。
  • 比田井天来の書碑
    大伴神社社標 1930年 長野県佐久市望月字御桐谷227
    奇祭、榊祭りで知られる大伴神社。この社標は親しみやすい楷書で書かれています。太い線は隷書に通じる表情を持ち、茫洋とした大きな構えがゆったりとした趣を生んでいます。
  • 比田井天来の書碑
    佐藤先生頌徳碑 1932年 佐久教育会館 長野県佐久市岩村田3098-1
    小学校長を歴任し、長野県視学・学務課長を経て信濃教育会会長となり、衆議院議員になった佐藤寅太郎を顕彰する碑。天来創案の木簡隷で書かれています。
  • 慰霊之碑と宝国寺の石碑 長野県佐久市協和6297

    比田井家菩提寺である宝国寺には、最晩年の傑作「慰霊之碑」を始めとする書碑が建っています。

  • 比田井天来の書碑
    宝国寺門標 1934年
    宝国寺へ登っていく参道の入り口に建っています。天来はこの頃から羊毛筆を使うようになりましたが、この文字はその特徴をあらわしています。それぞれの文字は左右に傾きながら、全体を見るとまっすぐに見えます。線質に忠実な彫りも好感が持てます。
  • 比田井天来の書碑
    筆塚 1924年
    門標から参道を登っていくと右側に建っています。上部の長方形の中に「顕向顕道」と篆書で刻されており、その下に隷書で「筆塚」と刻されています。筆を石に直接えぐりこんだようだと評されるように、太く力強い線は、遠くからでもはっきりと見ることができます。
  • 比田井天来の書碑 比田井天来の書碑
    慰霊之碑 1938年
    同郷の医師、岡田対山が、治療の甲斐なく他界した人々の霊を慰めるために天来に依頼した碑です。溢れんばかりの力を内包した「慰霊之碑」四字。裏面の行書、百二十八字は文章も自選で、晩年の羊毛筆俯仰法の特徴を遺憾なく発揮し、緩急の妙を尽くした名品です。
    慰霊之碑への行き方
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