「故郷」への道 その5

CD故郷.jpg

 CDには「故郷」(ふるさと)というタイトルをつけた。望郷の思いをこめ、故郷日本とそこに暮らす人々へ捧げる1枚である。

 最初の曲は「故郷」の「うさぎ追いしかの山・・・」で始まり、最後の曲は「椰子の実」の「・・・いずれの日にか国に帰らん」で終わる。

 

 このCDを作ったこと、そして日本歌曲に集中して取り組んだことが、遠ざかっていた日本とのつながりをまた強めることになった。友人、知人とのコンタクトも活発になった。結果は2002年から毎年のように日本に帰国して続けている、夏のリサイタルである。

リサイタルでは日本の歌を積極的に取り上げ、西洋の音楽と対置することで、より親しみやすく、立体的に楽しんでいただけるプログラムを心掛けている。

 

 「日本語」を歌うのは決して簡単なことではない。母国語なら自然に歌えるはずだが、その段階の「自然さ」は素朴なものであり、芸術的表現意思のかよったものではない。客体化がなされていない。そういう意味で、ドイツ人の歌う「自然なドイツ語」に不足をおぼえることも多い。

 私はドイツ語を歌う外国人として、ドイツ語の音声に徹底的な分析的アプローチをしてきた。そして音楽に言葉を載せるための工夫を重ねてきた。明確で、聞き取りやすのは大切である。しかしそれだけではだめだ。もちろん美しくなくてはいけない。それで人の心を捉えなくてはならない。そういう努力の中で、言葉と音楽の関係についていろいろと思いをめぐらすようになった。そうして考えたことをまた実際の演奏に適用していった。そこで得られた経験、ノーハウを母国語の日本語に応用したらどうなるだろうか、というのが私の課題であった。

 

 

Foto Nummer 4.jpg

 最初のCDの段階では、まだ充分にこなれていなかったと思うところがある。友人で日本語のうまいドイツ人歌手からは「ドイツ人が日本語を歌ってなまっているみたいだ」なんて評を得てしまった。この問題はその後数年のうちにほぼ解決できたと思う。

 作ってしまったCDについては、「暗中模索で格闘するチャレンジャーの魅力」というのもあっていいのではないか、と都合のいい理屈をつけて自分を赦している。

 CDはおかげさまで自分で驚くほどの好評をいただいている。長年のドイツ生活を終えて日本に帰る方が、お世話になった人々へのプレゼント用ということで、まとめて買いあげてくださったこともあった。これは非常にうれしかった。昨年追加のプレスもした。

ドイツのパーティ席上で一曲歌ったこと(→その1)が転機をもたらし、CDが出来、その後も日本の歌との取り組みが長い時間をかけて発展し、自分のなかですこしずつ熟成してきたこと、また故郷日本とその人々との絆が強まったことを考えると感慨をおぼえざるを得ない。物事はどう展開するかわからない。

「椰子の実」の「・・・いずれの日にか国に帰らん」はこのCDではどこか寂しげに聞こえるが、最近はここを明るくポジティ-ヴに歌えるようになってきた。

 

さて比田井和子さんのご厚意で、このサイトを通して読者に私のCDをご紹介して、購入できる形にしていただけることになった。興味のある方にご一聴願えれば幸いである。

(終り)

同じカテゴリの記事一覧

ブログ内検索

山枡信明CD