「故郷」への道 その1

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 もうずいぶん前、ドイツのハイデルベルクに居たころのことだが、何かのパーティの席上で「是非一曲!」と乞われて、日本の歌を歌ったことがあった。曲は杉山長谷夫作曲の「出船」である。 ピアノも無く、無伴奏で思い切り遅いテンポで、気持ちをこめて歌った。

  

 

今宵出船か お名残惜しや 

暗い波間に 雪が散る・・・

 

  

聴く人に何かが伝わっていくのがよくわかる。何故だか分からないが、そのことがよく分かるのだ。自分の歌が吸い込まれていくのだ。

 

・・・無事で着いたら 便りをくりゃれ

暗い さみしい 火影(ほかげ)のもとで

涙ながらに 読もうもの

 

最後は消え入るようなピアニッシモ(最弱音)で終えた。

会場がシーンとしてしまう。

すごい反響だった。心が伝わったと思った。日本の心がドイツ人に伝わったと思った。

 

 

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このような機会はその後もドイツで何度かあった。またある時日本に帰国したさいに、天来書院をとりまく親しい人々と長野県に旅行した。天来記念館見学などのプログラムの合間に、地ビール工場訪問というお楽しみもあった。試飲などのために作られたホールが洒落た吹き抜け空間で、ヨーロッパの現代建築の教会なんかを連想させる。さぞ音響がいいだろうと思い、旅の気軽さから乞われるままに、2階に上って、下でビールを飲む人々に一曲サービスした。「出船」じゃ暗すぎるので、「さくらさくら」を歌った。今度もアカペラ(無伴奏)である。

 

桜.jpgさくらさくら

やよいの空は見渡すかぎり

霞か雲かにおいぞいずる

いざやいざや見にゆかん

 

今度も、何かが人に伝わってゆく、という手ごたえだ。

ドイツでの体験もこの体験も私を考え込まさせた。どちらも単純な体験だが、人前で歌うということの原点のようなものを確認させてくれた。それは、今から考えると私の転機であった。

(続く)

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