「隊長、詩(私)的に書を語る」は、比田井義信(1953年生まれ・私の弟です)が母、比田井小葩(しょうは・比田井南谷の妻)を回想しながら、小葩の書を語るシリーズです。
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2024年10月14日から「時々南谷」を追加して、比田井南谷の作品も紹介しています。

 

 

汚れちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

 

中原中也の歌集「山羊の歌」の中にあります。
本文には両方が「汚れつちまつた」になっていますが、小葩は最初の「つ」を省いています。
全文を載せないのだからあんまり悲壮な雰囲気を出しすぎるのは気分に合わなかったのでしょうか。
もしかすると、字数が多くて二行目とのバランスが悪いと思ったのでしょうか。
聞いてみたいものですね。
字数が多いときに印象的な一行目を目立たせてだんだん行間を狭くするやり方が目線を自然に誘導していたり、かなの技法をさりげなくいろいろ繰り出すいい作品ですね。

 

僕が小学校の中ごろだったので、姉が中学の準備を始めたころだったのでしょうか。
あるいは父南谷がアメリカに行ったり来たりしていたからなのか、突然姉弟二人そろって英会話を習うことになりました。
ゴルドン先生ですと紹介されたのは小学生にはおばあさんに見えた女性でしたが、多分そんなに年は取っていなかったのかもしれません。
母の妹の叔母夫婦が住んでいた離れの部屋で英会話を習ったので、フェリス大学の心理学の教授だった叔母の友達だったのでしょうか。
それで一番困ったのは、日本語が片言だったのです。
初めてだったのでまず単語の発音から始まりましたが、発音をカタカナで書けというのです。
例えば雀をスパロウと書くと、違うと言ってスペアロウみたいに書いても違う、、
その時代にはまだ「あ」に濁点とか「え」に濁点とか、思いつかない日本だったので、毎回頭を抱える状態でしたが楽しい時間でした。
最後のお茶の時間にはケーキと紅茶を飲むのですが、元町キクヤのケーキのパイの中身がミートだと宗教上の理由で金曜日には食べられないから、先に食べて報告しろとよく言われて、今日はミートだからダメとか今日のはレーズンだから大丈夫とか、何だか知らないことがたくさんありました。
その後中学になったころに、英語の授業で先生が少女は何というでしょうとあてられたので、グロウと答えるとみんなが大笑いしました。
何とゴルドン先生はアメリカ人だったのです!
先生はアメリカ式の答えだねと笑って言いましたが、それ以来学校ではカタカナ読みの少年になりましたとさ。

 

 

中原中也の詩「汚れつちまつた悲しみに」は、現代仮名遣いにすると「汚れっちまった悲しみに」。
歴史的仮名遣いに慣れていないと、「汚れつちまった? え?」なんてことになったら大変です。
いっそのこと「汚れちまった」にしたほうが意味が伝わるんじゃない?
ということではないかもしれませんが、仮名遣い、難しいですね。
活字の文面から感じるどこかなげやりな悲しみは、小葩が書くとまるで訥々と語りかけてくるようで、別の魅力を感じます。

 

そして、そうそう、ゴルドンさん!
私たちは生涯で初めての英語を、日本語をよく話せない先生から学んだわけで、それはおもしろい体験でしたが、どうなんでしょうねえ。

(その後の英語習得の役に立ったかどうかはわからない)。

 

(イタリック部分は比田井和子のつぶやきです。)