久しぶりに小雪も舞った今日、
暮れて ひんやりしてまいりました。
夜は雨がまた霙(みぞれ)に変わりそうです。
みやとひたちは、ヒーターの温風のあたりのよい所を分け合って、
のどかな毛づくろい。
“ ネコノモリノ シロイウメ マンカイダッテネ ”
“ アカイ オハナモ イッパイサイテルッテ ”
寒い時期に開花しても、梅の花は凛々(りり)しく颯爽と咲いています。
古来 文人に好まれる花でしたが、比較的新しい時代の新島襄の詩にも、
印象的な作品がありました。
庭上(ていじやう)の一寒梅(いちかんばい)
笑つて風雪を侵(をか)して開く
争はず 又(また)力(つと)めず
自(おのづか)ら 百花の魁(さきがけ)を占(し)む
※原詩は末尾に
競うのでもなく、また気負うのでもなく、
それでいて、自然に、数多(あまた)の花の先頭をきって進んでいる。
梅の花に 気高い精神性が重ねられるのは もっともな感じがします。
梅を愛した新島襄が開いた同志社大学には有名な「寒梅碑」があって、
そこにも
真理は寒梅の似(ごと)し
敢(あ)へて風雪を侵(おか)して開く
という言葉が見えます。
それはさて ひたち君 おなかの毛づくろい 苦しそうね。
“ ヒタチクン デ◯… ”
“ ダイジョーブ ダイジョーブ ”
“ ウメノハナ 雪フッテモ クジケナイッテ ”
“ カッコイイ ”
でも、中には、咲いてから「早すぎたか!」と後悔するお花もあるらしい。
実はそんな詩もたくさんあるんだけどね。
“ スズメノ木モ サムガッテルカナー ”
“ ナニ スズメノ木 ”
“ズズメガ サイテル木ダヨ ”
“ …… ”
“ グレコチャンガ オシエテクレタ ”
チュン
チュン
“ デショ ”
グレ子ちゃんは 気まぐれにやって来て、オヤツを食べ、
濡れ縁に上がってガラス越しに我が家の居間に参加し、
マイペースに遊んで帰ります。
その間中、ひたちは濡れ縁に面したガラス戸に張り付いて
何ごとか語り合う様子です。
どんなお話をしているのでしょう。
“ マタ クルネ ”
この頃は 暗くなる前には引き上げてゆくグレ子ちゃん。
家猫らしい暮らしになって来ました。
外は冷たい雨が止まず。
居間では ふたりの毛づくろいが続いていました。
機嫌が悪い時は 目が合っただけでスゴむ 気むずかし屋の みやです。
今夜はそばにいて、ウニャウニャおしゃべりしていても、珍しく
みやが怒らないので、つい、ひたちは調子に乗ってしまって
“ チョット 手ツナイデ イイカナー ”
“ イクナイ! サワンナイデッテ イッテルデショ!!”
甘えてチョッカイ出そうとして、(いつものことですが)
みやのご機嫌が急変。
一瞬にして「激怒みや」に変身すると、シャァ一喝、猫パンチの嵐。
平和な毛づくろいの夜はここで終わりました。
※ 庭上一寒梅
笑侵風雪開
不争又不力
自占百花魁
「寒梅」新島襄