鳩の足跡――進化のターニング・ポイント

004鳩 飛.jpg明治二十七年十一月二十日、この日はぽかぽか陽気の小春日和。仙台近郊岩沼の玉泉楼に滞在中の梧竹は南の窓を開いて揮毫していた。そのとき飛びこんできた一羽の鳩。机上の肉池に降りて画仙紙の上に、朱肉の足跡を付けて跳び歩いた。昔から文字は蒼頡(ソウキツ)が鳥の足跡をみて作ったという。

 

004鳩.jpg梧竹は強烈なインスピレーションを受けた。朱肉の足跡は正に「天理の文」だった。

飛んで机頭に止まり孛々(ポツポツ)と欣ぶ
端渓踏破す墨痕の雲
人間の造字に生気なし
鳥跡詳に観る天理の文        
甲午の歳十一月二十日、冬暖春の如し。南窓を開いて紙を展べ、揮毫すること数紙。鳩机上に飛び来たって去らず。相狎(なれ)たる者の如し。籠に焉(これ)を捕らえて養う。

お前(鳩)は飛びこんで机上に止まり、ポッポッとよろこんで、端渓硯から字を書いた紙の上を跳び歩く。私の字には生気がないが、お前の足跡は人間の作り物ではない天地自然が織りなすあや模様だ。

梧竹の書風進化のプロセスの景観を、ブログの中で時に応じて紹介しているが、この書はまさにモデル・チェンジターニング・ポイントの位置にある。

これまで経過した、六朝風、金文臨書、参差の章法等々の成果が、一幅の随所にちりばめられている。そして、これから繰り広げられる、日本風、ジグソウ・マジック、連綿草書、行間消失、大きくは形から心へ、象徴的心象表現へ等々の、目を見張るような展開・進化への予感が萌え出そうとする若芽のように息づいている。

梧竹はこの鳩にちなんで、「九鳥」の別号を用い、数種の印もつくった。画像にみえる鳩形の落款印は梧竹自刻の木印、「鳩懐(ふところ)に入る」。窮鳥懐に入れば猟師もこれを殺さずのことわざによったもの、徳島県立文学書道館の蔵となっている。

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