季節に映ることば
季節に映ることば

5月の実り

渡部 忍

風薫る5月、と言われますが、まさに風が心地良い季節になりました。
早朝はまだ10度を切って寒かったりする日もありますが、日中は半袖でも過ごせるようになりましたね。

通勤路の田んぼには、麦を育てているところが点々とあり、それらの麦もだいぶ成長してきました。
麦の穂が、稲の時とは違った雰囲気で、日差しを受けて輝いている印象を受けます。
「麦秋」は、秋ではなく、夏の季語です。
麦の穂が、秋の稲穂のように黄金色に色づく登熟の様子を表しているとのこと。

あら馬の蹴たてゝ行や麦の秋 江左尚白

うれしけに犬の走るや麦の秋 正岡子規

もてなすに金平糖や麦の秋 川端茅舎

小降りして山風のたつ麦の秋 飯田蛇笏

旅空やけふも出ぬけぬ麦の秋 田川鳳朗

杖笠はいかなる旅ぞ麦の秋 三上千那

火の国の子等は跣足よ麦の秋 臼田亜浪

陰うらも日なたの風や麦の秋 嵐青

小麦の生産地としては、北海道や九州がメインですが、私の住む地域周辺でも、小麦、二条大麦、六条大麦が栽培されているようです。
関東屈指のうどん県ですので、思えば小麦も身近な食材なのですね。
かつては、ご飯を炊くのと同じような感覚でうどんを打ったそうです。
私も「ひもかわうどん」は何度か作ったことがありました。
久しぶりに作ってみたくなりますね。

化粧田や付てよびぬる裸麦 井原西鶴

夏海へ燈台みちの穂麦かな 飯田蛇笏

麦畑に芥子のとび咲く籬落かな 飯田蛇笏

斜面の麦畑光がのぼるのぼる 北原白秋

暮れゆくや海光荒き穂麦原  臼田亞浪

穂麦原日は光輪を懸けにけり 臼田亞浪

熟れ麦の息する風とおもひけり 木下夕爾

藪畔や穂麦にとどく藤の花 宮崎荊口

郭公穂麦が岡の風はやみ 麦水

青麦の穂のするどさよ日は白く 篠原鳳作

麦の穂を挿しある銀の花瓶かな 篠原鳳作

麦の穂の出揃ふ頃のすがすがし 高浜虚子*

麦熟れてあたたかき闇充満す 西東三鬼

    * 原文は、すがすが → すが\/(くの字点)

麦のくき口に含みて吹きをればふと鳴りいでし心うれしさ 窪田空穂

あとひとつ、鳥好きの私にとって、今の時期の楽しみといえば「燕」です。
ちょうど巣を作って卵を産む頃ですね。
親鳥もなんとも可愛いのですが、雛たちの可愛さはまた格別です。

つばくらに水音高く濯ぎけり 日野草城

ひらり高う嫩葉食みしか乙鳥 渡邊水巴

乙鳥の朝から翔る暑さかな 渡邊水巴

つばめ野には下りず咲き伸す立葵 飯田蛇笏

とまるより妖しき光りつばくらめ 飯田蛇笏

喋りては濡れ羽をのしてつばくらめ 飯田蛇笏

火山湖のみどりにあそぶ初つばめ 飯田蛇笏

風きつてあした峡間の初つばめ 飯田蛇笏

大戸あくればひとすじの朝日つばくら 尾崎放哉

さしあたり親の恩みる燕哉 小杉一笑

あそぶともゆくともしらぬ燕かな 向井去来

ちらさずにつばめ飛たり花の上 神戸祐甫

巣を守る燕のはらの白さかな 炭太祇

鍬光る野にさまよふや初燕 桜井梅室

かつては我が家の玄関の軒下にも燕が巣を作り、子育ての様子を楽しめていたのですが、最近は野良猫が増えたからか、すっかり来なくなってしまいました。
雛たちが横一列に並んで親鳥の帰りを待っている様子や、夜明けから日暮れまでひたすら虫を獲っては雛に与える親鳥の様子は、実に健気で、本気で子育ての応援をしてしまいます。
虫捕りのお手伝いをしてあげたくなるくらい。
どの巣の雛たちもみんな無事に巣立ってくれるといいなと思います。

つばくらめ飛ぶかと見れば消え去りて空あをあをとはるかなるかな 窪田空穂

燕来る時になりぬと雁がねは国偲ひつつ雲隠り鳴く 大伴家持

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紺の背広の初燕 
地をするやうに飛びゆけり。

赤の襟飾(ねくたい)、初燕
心も軽(かろ)くまひ行けり。

                  木下杢太郎 街頭初夏より

そろそろ南の方では梅雨入りとなるでしょうか。
梅雨入り前の太陽を思う存分楽しみたいですね。
みなさまもお元気にお過ごしくださいませ。

2023年5月12日
     
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