季節に映ることば
季節に映ることば

桃の花とお雛様

渡部 忍

福寿草などが咲き始め、春の訪れを感じるこの頃です。
道端にはオオイヌノフグリなどが咲いていたり、色味の少なかった地面が少しづつ色味を帯びてきているような印象を受けますね。

節分が終わると、次は桃の節句がありますね。日本の季節の流れは、実に豊かだなと感じます。
桃の花は3月下旬から5月に咲きます。花の美しい品種は「花桃」と呼ばれていて、種類も多くあります。
梅や桜も勿論素敵ですが、私は桃の花も好きです。
個人的に垂れの花桃がとても可愛らしくていいなと思います。

白桃は沾み緋桃は煙りけり 芥川龍之介

緋桃菜の花遺残空洞胸に抱く 石田波郷

桃咲いて畦畑の麦そろひたる 飯田蛇笏

桃咲いて風の日輪たかかりき 飯田蛇笏

喰ふて寝て牛にならばや桃の花 与謝蕪村

桃の花活けこぼしたる蕾かな 高橋淡路女

春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出立つをとめ 大伴家持

我が宿の毛桃の下に月夜さし下心よしうたてこのころ 作者不詳

この里の桃の盛りに来てみれば流れに映る花のくれなゐ 良寛

鳥籠をしづ枝にかけて永き日を桃の花かずかぞへてぞ見る 山川登美子

わがこころ満ちたらふまで咲く桃の花の明るき低空いくつ 佐藤佐太郎

桃の葉はいのりの如く葉を垂れて輝く庭にみゆる折ふし 佐藤佐太郎

雛祭りは「桃の節句」とも言われ、みなさまご存知の通り、女の子の健やかな成長を願う行事です。
古代中国の「上巳節」という、川で身を清めて邪気を払う風習。それが、日本古来の「人形(ひとがた)流し」という厄払いの風習と結びついたとされています。
さらにそれが平安時代の貴族のおままごとである「ひいな遊び」と組み合わさって、徐々に今のような形になったのだそうです。
子供の頃、友達の家に遊びに行った時、何段もある立派な雛人形が畳の部屋に飾ってあったのを覚えています。
我が家にも娘が産まれ、木目込みの雛飾りを選びました。昔ながらの顔つきと違ってふっくらと可愛らしく、私はとても気に入っています。

いきいきと細目かがやく雛かな 飯田蛇笏

ねこ柳のほほけ白むや雛の雨 室生犀星

ひそやかに話して雛の品定め 鈴木花蓑

二人して雛にかしづく楽しさよ 夏目漱石

人は寝て雛がはやしの太鼓哉 正岡子規

初雷やふるふが如き雛の壇 河東碧梧桐

古雛を膝にならべて眺めてゐる 室生犀星

君に似よ我に似よとて雛まつり 会津八一

雛の子や行儀正しく並び見る 鈴木花蓑

雛の影桃の影壁に重なりぬ 正岡子規

雛の日の都うづめし深雪かな 鈴木花蓑

雛の眼に海の碧さの映りゐる 篠原鳳作

雛の眼の遠い空見ておはすなり 臼田亜浪

雛の顔ゆるむ寒さのみゆるかな 久保田万太郎

雪みちを雛箱かつぎ母の来る 室生犀生

ひなあられや桜餅など、ひなまつりの時期に売られるお菓子も、春の高揚感が感ぜられる気がして、私は大好きです。
桜餅は、道明寺粉のものと白玉粉のものとありますが、みなさんはどちらがお好きでしょうか?
道明寺粉は関西風、白玉粉は関東風なのだそうです。
ちなみに私は道明寺粉の桜餅が好きです。

さくら餅うち重りてふくよかに 日野草城

さくら餅食ふやみやこのぬくき雨 飯田蛇笏

大き窓陽のはなやかに桜餅 日野草城

散らばりし筆紙の中の櫻餅 松本たかし

一転して・・・
詩人金子みすゞの雛祭りの詩は、あまりにも切な過ぎますね。
淡々と自分の心と向き合っているような印象です。

「雛まつり」 金子みすゞ

雛の節句 来たけれど
私はなんにも 持たないの。

となりの雛は うつくしい
けれどあれは ひとのもの。

私はちひさな お人形と
ふたりでお菱を たべませう。

3月10日の夜、みすゞは、幼い一人娘を残し、自死を選んでしまいます。
離婚した夫に娘を渡さなくてはならない、その悲しみと命をかけての抗議だったのではないかと感じます。
その日は、家族で桜餅を食べ、娘とお風呂に入り、とても穏やかな時間を過ごしたそうです。

もし、みすゞが娘と家族と平和に暮らすことができたら、また違った雛祭りの詩も目にすることができたのではないかと想像してしまいますね。

今年は、ぜひ桃源郷にお出かけになってみてはいかがでしょうか?
実桃の木でしたら、摘花前がおすすめです。
梅や桜にも引けを取らない、とても美しい風景を楽しむことができますよ。
花粉症の季節でもありますが、ぜひ、みなさまそれぞれの春をお楽しみください。

     
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