季節に映ることば
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実るほど首を垂れる稲穂かな

渡部 忍

早いものでもう10月です。
実りの秋も本番、といったところでしょうか。
田舎で生活していますと、田や畑、家々の庭先に成っている果実などで季節を感じることができます。
道端に柿が落ちていたり、通りすがりに木に実っている石榴を発見したり。


その中で私がとても美しいと感じるのは、田んぼの風景です。


初夏の田植え前の水を張られた状態
田植えが終わり、稲の苗がツンツンと並んでいる時期
稲が伸びてきて風になびいている時期
花が咲きおわり、青々としたもみが実る時期
稲が黄金色に変わり、穂が垂れている収穫直前の時期
稲刈りが終わり、短い茎が並んでいる時期


田植え前から収穫後まで、それぞれの美しさがあるように思います。


先月末ごろから稲刈りも始まり、「新米」の字を店頭でも目にするようになりました。


今回は、稲穂などの俳句や短歌を集めてみました。

9月に稲刈りするのは「早稲(わせ)」という種だそうです。

早稲の香や分け入る右は有磯海 松尾芭蕉

早稲の香や聖とめたる長がもと 与謝蕪村

逆に、遅く実る稲を「晩稲(おくて)」というのだそうです。

刈るほどに山風のたつ晩稲かな 飯田蛇笏

山風にゆられゆらるゝ晩稲かな 飯田蛇笏

早稲は黄に晩稲は青き日和かな 日野草城

花も実も晩稲に多し神の秋 向井去来

晩稲刈る日は雲上に在りとのみ 木下夕爾

「実るほど首の垂れる稲穂かな」

みなさんもご存知のこの言葉、俳句調ですが、作者不明の故事成語なのだそうです。
「稲の穂は実が入ると重くなって垂れ下がってくる。学問や徳行が深まるにつれ、その人柄や行為がかえって謙虚になることのたとえ」とありますが、なんとも日本人らしいと感じます。
時代の変化とともに人々の意識や感覚も変わりつつある中、私個人の意見ではありますが、この意識は普遍であって欲しいと思います。

実際に、首を垂れている黄金色の稲穂が太陽の光に輝く風景もとても美しく、眺めているとなんとも穏やかな気持ちになれますね。
人としてもそうありたいと思うのです。


かかし傘の月夜のかげや稲の上 飯田蛇笏

むさし野は稲よりのぼる朝日哉 正岡子規

一里行けば一里吹くなり稲の風 夏目漱石

霧はれて稲のおしあふ旭哉 正岡子規

稲の波かぶりて遊ぶ雀かな 正岡子規

稲の月遠山見えて昼のまゝ 鈴木花蓑

稲の香や束ねて落つる水の音 大島蓼太

稲わけて月のそひくる田路かな 中勘助

雀烏われもうれしき垂穂かな 中勘助

稲原の白き匂ひの夜なりけり 臼田亜浪

熟れ稲の香のそこはかと霧は濃き 臼田亜浪

寂として畔の夕かげ稲稔る 飯田蛇笏

堂の影稲田に落つる月夜かな 大谷句佛

秋風やどこにも稲田うちひらけ 久保田万太郎

黒とんぼ稲の葉末にとまりけり 増田龍雨

初髪にたりほの稲の小かんざし 高橋淡路女

美しき稲の穂波の朝日かな 路通

稲の波案山子も少し動きをり 高浜虚子


よの中は稲かる頃か草の庵 松尾芭蕉

稲がかけてある野面に人をさがせども 尾崎放哉

干稲の上に首出す地藏かな 正岡子規

稲積や人の笑ひも花心 井上井月

稲むらの上や夜寒の星垂るる 芥川龍之介

稲刈りて淋しく晴るる秋の野に黄菊はあまた眼をひらきたり  長塚節

稲を扱く器械きかいの音おとはやむひまの無くぞ聞こゆる丘のかげより  斎藤茂吉

稲を刈った後の株から再び伸びる稲を「穭(ひつじ)」というそうです。


何をあてに山田の穭穂に出づる 小林一茶

鶉伏す刈田のひつち生ひ出でてほのかに照らす三日月の影 西行

レジャーで出かける人も増えてきたように感じるこの頃です。
地方にお出かけの際は、ちょっと寄り道をして、黄金色の稲穂を見に行くのはいかがでしょうか。
お米は私たちの命の源でもありますから、元気をもらえるような気がします。

10月でも暑さが残るおかしな気候ではありますが、寒暖の差は感じるようになってまいりました。
みなさま、どうぞご自愛くださいませ。

2022年10月3日
     
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