2012年6月28日

墨場必携:富士山記(二) 都良香


    
fuji 0016.jpg                                                23.1.11 狭山湖より


  「富士山(の)記」(二)         都良香(みやこのよしか)
                          『本朝文隋』巻十二

     山名富士 取郡名也 山有神 名浅間大神 此山高 極雲表
     不知幾丈 頂上有平地 廣一許里 其頂中央窪下 體如炊甑
     甑底有神池 池中有大石 石體驚奇 宛如蹲虎 亦其甑中
     常有氣蒸出 其色純靑 窺其甑底 如湯沸騰 其在遠望者
     常見煙火 亦其頂上 匝池生竹 靑紺柔愞 宿雪春夏不消
     山腰以下 生小松 腹以上 無復生木 白沙成山 其攀登者
     止於腹下 不得達上 以白沙流下也 相傳 昔有役居士
     得登其頂 後攀登者 皆點額於腹下 有大泉 出自腹下
     遂成大河 其流寒暑水旱 無有盈縮 山東脚下 有小山
     土俗謂之新山 本平地也 延暦廿一年三月 雲霧晦冥
     十日而後成山 蓋神造也

    
0623夏椿1279.jpg                                            24.6.23 東京都清瀬市

   山を富士と名づくるは、郡(こほり)の名に取れるなり。山に神あり。
   浅間大神(あさまのおほかみ)と名づく。此の山の高きこと、
   雲表(うんべう)を極めて幾丈と云ふことを知らず。頂上に平地有り
   広さ一許里(いちりばかり)。其の頂の中央(なから)は窪み下りて
   体(かたち)炊甑(すゐそう)の如し。甑(こしき)の底に神(あや)しき
   池有り。石の体(かたち)驚奇なり、宛(あたか)も蹲虎(そんこ)の如し。
   亦其の甑の中に、常に気有りて蒸し出づ。其の色純(もは)らに青し。
   其の甑の底を窺へば、湯の沸き騰(あが)るが如し。其の遠きに在りて
   望めば、常に煙火を見る。亦其の頂上に、池を匝(めぐ)りて竹生ふ。
   青紺(せいこん)柔愞(じうぜん)なり。宿雪(しゆくせつ)春夏消えず。
   山の腰より以下(しもつかた)、小松生ふ。腹より以上(かみつかた)、
   復た生ふる木無し。白沙(はくさ)山を成せり。其の攀ぢ登る者、
   腹下に止まりて、上に達(いた)ることを得ず、白沙の流れ下るを
   以(も)ちてなり。相伝ふ、昔役(えん)の居士といふもの在りて、
   其の頂きに登ることを得たりと。後に攀ぢ登る者、皆額を腹の下に点(つ)く。
   大きなる泉有り、腹の下より出づ。遂(つひ)に大河を成せり。其の流れ
   寒暑水旱(かんしよすゐかん)にも、盈縮(えいしゆく)有ること無し。
   山の東の脚の下に、小山有り。土俗(くにひと)之を新山(にひやま)と謂ふ。
   本は平地なりき。延暦廿一年三月に、雲霧晦冥(くわいめい)、十日にして
   後に山を成せりと。蓋(けだ)し神の造れるならむ。



     炊甑:煮炊きに遣う道具。蒸籠など。
     煙火:竈(かまど)の煙。
     宿雪:消えないで残る雪。根雪。
     山の腰:山腹。山の中腹。
     役の居士:役行者(えんのぎょうじゃ)。古代の伝説的な修験者。 
     額を腹の下に点く:「腹」は山腹。
     盈縮有ること無し:「盈縮」は増減、伸縮。
     晦冥:暗闇になること。

    
0630夏コスモス1704.jpg                                            24.6.30 東京都清瀬市

  山を富士と名付けたのは富士郡の名から取ったのである。
  山には神が坐(ま)す。浅間大神(あさまのおほかみ)と申し上げる。
  この山の高さは、頂上は雲を突き抜けて計り知れない。頂上には平地が
  あって、その広さは一里ばかりである。その頂上の中央部は窪んでいて、
  形は煮炊きに用いる甑(こしき)のようである。
  その甑の底に霊妙な池がある。石の様相は怪異で、あたかも虎が蹲って
  いるようである。
  その甑の中は常に蒸気を発している。その色は真っ青である。甑の底は
  湯が湧き上がっているようだ。遠くからこれを眺めると常にかまどの火を
  見るようだ。その頂上には池を取り巻いて竹が生えている。その竹は青紺で
  なよやかである。
  根雪は春夏も消えない。
  山の麓から下には低い松が生えている。中腹から上にはもうどんな木も
  生えていない。
  山は白砂で出来ている。その山に登る者は、麓に止まって上には登ること
  ができない。登ろうとしても白砂が流れて滑り落ちてしまうからである。
  昔、役行者(えんのぎょうじゃ)という人がいて、山頂に到達することが
  できたと伝わっている。それ以来、ここを登る者は皆額を山腹に付けるよう
  にして登る。
  山には大きな泉があって、麓から流れ出る。ついには平地で大河となる。
  その水の豊さは、暑い時寒い時も旱魃の折であっても、いつも等しく変わらない。
  山の東の麓に小さな山がある。土地の人はこれを「新山(にいやま)」という。
  もとはまったく平坦な土地であった。延暦二十一年三月に、雲や霧が真っ暗
  に立ちこめて、たった十日でその山は出来たという。
  思うにやはり神が作り給うたのであろう。

    
8富士3.jpg
                                          23.1.9 東京都清瀬市より
 



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