2012年6月22日

墨場必携:富士山記(一) 都良香


    
0329富士9683.jpg                                          24.3.29 狭山湖畔より
   
  「富士山(の)記」(一)         都良香(みやこのよしか)
                          『本朝文隋』巻十二

     富士山者 在駿河国 峯如削成 直聳屬天 其高不可測
     歷覽史籍所記 未有高於此山者也 其聳峯欝起 見在天際
     臨瞰海中 觀其靈基所盤連 亙數千里間 行旅之人 經歷數日
     乃過其下 去之顧望 猶在山下
     蓋神仙之所遊萃也 承和年中 從山峯落來珠玉 玉有小孔
     蓋是仙簾之貫珠也 又貞觀十七年十一月五日 吏民仍舊致祭
     日加午天甚美晴 仰觀山峯 有白衣美女二人 雙舞山巓上
     去巓一尺餘 土人共見 古老傳云


 ※全文を次回と二回に分けて掲載致します。

    
0623たんぽぽ1195.jpg                                            24.6.23 東京都清瀬市


    富士山は、駿河の国に在り。峯削り成せるが如く、直(ただ)に聳えて
    天に属(つづ)く。其の高さ測るべからず。史籍の記せる所を
    歴(あまね)く覧(み)るに、未だ此の山より高きは有らざるなり。
    其の聳ゆる峯欝(さかり)に起こり、見るに天際に在りて、海中を
    臨み瞰(み)る。其の靈基(れいき)の盤連(ばんれん)する所を
    観(み)るに、数千里の間に亙(わた)る。行旅(かうりよ)の人、
    数日を経歴して、乃(すなは)ち其の下(ふもと)を過ぐ。之(ここ)を
    去りて顧(かへり)み望めば、猶(なほ)し山の下(ふもと)に在り。


   富士山は駿河の国にある。峯は刃物で削ったように真っ直ぐに聳(そび)え
   て天に属(つづ)いている。その高さは計り知れない。  
   文献の記録を残らず見わたしても、この山より高い山はないのである。
   その聳える峯は勢いよく高く盛り上がり、大空の彼方に姿を現し、中空から
   海中を見下ろしている。霊妙な富士山の麓が横たわる所は数千里の長い
   距離にわたる。旅行く人は幾日もかけてこの山の麓を行き過ぎ、振り返って
   望み見ると、それでもやはりまだ山の麓にいるのだった。

    
0623カンゾウ1180.jpg                                            24.6.23 東京都清瀬市


    蓋(けだ)し神仙の遊萃(いうすゐ)する所ならむ。
    承和年中に、山の峯より落ち来たる珠玉あり。珠に小さき孔有りきと。
    蓋し是(こ)れ仙簾(せんれん)の貫ける珠ならむ。又貞觀十七年十一月
    五日、吏民(りみん)旧(ふる)きに仍(よ)りて祭(まつり)を致す。
    日午(ひる)に加へて天甚(はなは)だ美(よ)く晴る。仰ぎて山の
    峯を観(み)るに、白衣の美女二人有り、山の嶺(いただき)の上に
    双(なら)び舞ふ。嶺(いただき)を去ること一尺余(ひとさかあまり)。
    土人(くにひと)共に見きと、古老(こらう)伝へて云ふ。


   思うに、この山は仙人が集い遊ぶところなのであろう。承和年間(834〜
   848:仁明天皇代)に山の峯から落ちて来た珠玉があり、それには小さな
   孔が空いていたという。察するところこれは仙人の簾(すだれ)に貫(とお)
   して付けた飾りの宝石であろう。また、貞觀十七年(875:清和天皇代)
   十一月五日に官民が古いしきたりに従って富士の祭祀を執り行った。
   日は真昼時になってますます美しく晴れた。振り仰いで富士の峯を眺めると、
   山頂に白衣の美女が二人いて、山の上で並んで舞いを舞っているのが見えた。
   その白衣の二人は山頂を一尺あまりも離れ、浮き上がっていたのを、土地の
   人々はたしかに見たという。古老はこうしたことを伝え語っている。

      
   
0623蝶1393.jpg                                            24.6.23 東京都清瀬市


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