季節に映ることば
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かの子の見た桜

渡部 忍

3月も下旬、地域によっては桜が咲き始めているかと思います。
少し前の桜の開花宣言は、平年並か遅めという予想でした。
東京では3月26日となっていましたが、すでに咲き始めていることと思います。
ちなみに、私の住む地域では、数日前はひと枝に一つ二つくらいが咲き始めているというような感じでしたが、週末の暖かさで一気に開花がすすむのではないでしょうか。

今回は、岡本かの子にフォーカスすることといたしました。
もう何年も前になりますが、私が「作品に書きたい花の唄」を編纂させていただいた時、かの子の桜を詠んだ歌が多くあることを知りました。
陽だけでなく、陰にも目を向けて歌にするかの子の感性は、とても潔く鋭く繊細で、もともと岡本太郎が好きな私は、一気にかの子も気になる存在になったのでした。

桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり

さくら花咲きに咲きたり諸立ちの棕梠春光にかがやくかたへ

ひえびえと咲きたわみたる桜花のしたひえびえとせまる肉体の感じ

しんしんと桜花ふかき奥にいつぽんの道とほりたりわれひとり行く

さくら花ひたすらめづる片心せちに敵をおもひつつあり

かの子は16歳のころから歌人として活動を始め、17歳のころに与謝野晶子の「新詩社」の同人となり、「明星」や「スバル」から新体詩や和歌を発表するようになりました。
与謝野晶子は情熱的な歌人であり、かの子は彼女の影響を大きく受けたと考えられています。

桜ばな暗夜に白くぼけてあり墨一色の薮のほとりに

つぶらかにわが眼を張ればつぶつぶに光こまかき朝桜かも

さくら咲く丘のあなたの空の果て朝やけ雲の朱を湛へたり

桜花あかりさす弥生こそわが部屋にそこはかとなく淀む憂鬱

しんしんと家をめぐりて桜さくおぞけだちたり夜半にめざめて

梶井基次郎の小説にも「桜の木の下には死体が埋まっている」という冒頭で始まるものがあります。
桜は、儚さや美しさといった「昼間のお花見」のようなイメージの反面、死体を栄養にして美しい花を咲かせるというような妖しいイメージもありますね。「真夜中の誰もいない真っ暗な桜並木」みたいな感じでしょうか。

薄月夜こよひひそかに海鳥がこの丘の花をついばみに来む

こよひわきて桜花の上なる暗空に光するどき星ひとつあり

狂人のわれが見にける十年まへの真赤きさくら真黒きさくら

ふたたびは見る春無けむ狂人のわれに咲きけむ炎の桜

ねむれねむれ子よ汝が母がきちがひのむかし怖れし桜花あらぬ春

すごいなと感じるのは、自分の内にある狂気じみた部分や激しさを隠すことなく表現しているところでしょうか。

自由奔放なかの子の生き方は、当時は相当な批判があったのではないかと想像します。
自由奔放と言われた裏には、想像もつかない繊細さや寂しさ、虚しさなどが混在していたように感じます。

狂人よ狂人よとてはやされき桜花や云いし人問や笑ひし

世の常でもありますが、当時のかの子に対する評価も賛否分かれていました。
達観したような歌もありますが、私はこの歌がかの子からポロリとでた本音のつぶやきのように感じます。
みなさんはどのように感じられるでしょうか。

うちわたす桜の長道はろばろとわがいのちをば放ちやりたり

今年は、いつとは違う視点で桜を眺めるのもいいですね。
景色に色がもどりつつあるこの頃です。
芽吹、始まりの季節です。
春をお楽しみくださいませ。

2025年3月24日
     
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