比田井小葩 比田井小葩

-光に満ちた線の書家 比田井小葩-

比田井南谷との結婚

1948(昭和23)年
鎌倉書学院で比田井小琴の助手を勤めていた山枡康子は比田井南谷と結婚した。康子は小葩という雅号を得て、敗戦後の新たな書の興隆の中で独自な書芸術の道を切り開いていった。

比田井南谷と比田井小葩(康子)は、書道界ではおしどり夫婦として有名であった。共に書家として活動し、小葩は「毎日書道展」の審査会員を務め、日本の女流書家の代表として活躍した。南谷は前衛書、小葩は漢字かな交じり書と表現は異なったが、共に作品の批評を交わすなど、書に対する情熱と探究心は共通していた。

小葩作品「私は誰の字でもない私の字が書きたい」
  • 私は
    誰の字でもない
    私の字が書きたい
  • 心のどこかにあるものが
    作品の中に感じられ
    一見何でもないような
    それでいていつまでも
    見あきないような
    香りの高い字が書きたい
  • 素朴な喜びや
    暖かさがあふれた
    字が書きたい
  • 忘れられた幼なさを
    もう一度呼び戻し
    悲しみや苦しみ
    なやみや怒りさえも
    持っている
    正直な字が書きたい

比田井小葩Hidai Shoha

比田井南谷 プロフィール

1914(大正3)年、横浜生まれ。
内村鑑三に師事した熱心なクリスチャンの家庭で育った。平安時代のかな書を比田井小琴に学び、近代詩文書(漢字かな交じり書)を探求した。比田井南谷と結婚し南谷の前衛書活動を支えた。小葩の書は敬虔なクリスチャンとしての深い精神性を表している。1972(昭和47)年5月23日「生誕百年比田井天来展」(三越)開催に奔走。小葩はその開会レセプション席上で倒れ、5月25日永眠。享年58歳。

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