2014年2月 8日

書を学ぶための書物──書の辞典・事典(1)

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「書」を学ぶ方法もさまざまにあります。
稽古していれば自然と「古典」と評価される書に興味がいくでしょうし、作品の書きぶりを通じてその作者がどんな人生を送ったのか、どのような時代背景でその書が生まれたかなど歴史的な関心が生まれるかもしれません。そうした関心や知識は、「書」への理解を必ず豊かにしてくれるはずだと思います。そのために実にさまざまな書物が編まれています。今回からしばらくそうした書について〈学ぶ〉ために必要な書物を紹介します。
 
まずは辞典・事典類から。
「書道辞典・事典」と名のついたものは10種類程度刊行されていますが、それぞれに異なった特色を持っています。
たとえばある書作品について、漠然と全体像を知りたいと思うこともあるでしょう。またはその作品に何が書いてあるのか、歴史上どのような評価をされているのか、あるいはその人物や書かれた時代について知りたいのかがはっきりしていることもあるでしょう。しかしそうした問いへの答をすべて一挙に与えてくれる書物は存在しません。それによって辞典・辞典もおのずから目的別に数種類を使い分けることになります。
 
たとえば辞典・事典の編集方針に「小項目主義」と「大項目主義」があります。前者は固有名詞や名詞を単位にして項目化し、その簡潔な定義を目的とするもの、後者は複数の名詞や固有名詞の連関や述語的な観点に重点を置いてより俯瞰的に記述しようとするものです。こうした区分にとどまらず、人物を中心にしたもの、作品を中心にしたもの、地域や時代を主題にしたもの等々、その辞典・事典の目的によって実にさまざまです。何を項目化するかはその辞典・事典にとってもっとも重要です。辞典・事典はある価値観をもとにした一種の小宇宙なのです。
 
もちろん記述の正確さは大切なのですが、編纂された時代の価値観や研究水準にも影響されます。そうした意味で同じ項目を読み比べてみるのも興味深いものです。数種類の辞典・事典を引く経験を重ねれば、どんな場合にどの辞典・事典を引くべきか、ということがなんとなくわかってきます。
代表的な辞典・事典類を挙げて具体的にその特色を見ていきましょう。
 
●二玄社編集部編『増補版 書道辞典』(二玄社 2010):もとは1955年に「書道講座」の一巻として刊行されたものに増補したもので、50音順・約2350項目・約300ページ。執筆は西川寧、安藤更生らがあたっています。増補版責任編集河内利治。簡潔な記述とポケット版なのが特色で、持ち歩きできるのは有用です。やや記述が古びているのは否めませんが、編集された時代を反映してか、「アブストラクト(抽象)」などの美学用語がとられているのが興味深いところです。
 
●飯島春敬編『書道辞典』(東京堂出版 1975):「書」を主題にした辞典としては初めて本格的に編まれたといっていいでしょう。小項目主義的で、50音順・約2200項目・約1000ページ。人物優先で見出し項目が建てられ、作品は小見出しとして人物にぶら下がっています。飯島氏の主編によるものだからか、日本の古筆類の記述のほうが充実しており、人によっては偏りを感じるかもしれません。たとえば「王羲之」は6ページが割かれていますが、「西本願寺三十六人集」は20ページに及びます。また当時の現存書家を項目化するなど、議論が分かれる部分もあるでしょう。作家の評価にはいろんな立場がありうるので、鵜呑みにはできません。
しかし日本・中国・朝鮮を一括して扱い、項目数も多く、書誌学や表装関連の語彙も収録されていて、その価値はまだ失われていないと思います。
 
●春名好重編著『書道基本用語詞典』(中教出版 1991)
「詞典」というユニークな題名が示す通り、大項目主義を取って「引く」より「読む」百科全書的な性格を打ち出しています。50音順・1139項目・約1000ページ。見出しを使って内容がよく整理されており、記述は平易で明快です。細かい参照指示や書道教育の語彙なども含まれているのが特徴です。また評語などに出典が多く明記されていることは重要です。低価格で入手しやすい辞書でまずはあたりをつけて、この規模の辞書・事典で引くというのがいいでしょう。
 
●書学書道史学会編『日本・中国・朝鮮 書道史年表事典』(萱原書房 2005)
日本で専門の研究団体としては唯一の学会のメンバーが小項目主義的に書道史の語彙の解説を集めたもの。460項目・約500ページ。3つの地域の語彙をそれぞれ時代順に配列したところが特色です。新書版ながら現在の研究の新しいトピックなどにも配慮されています。時代順の配列ながら項目間の関係がわかりにくいので、書道史の全体と関連づけながら読むには姉妹篇の「年表」と併用するのがいいかもしれません。
 
●井垣清明・伊藤文夫・石田肇・澤田雅弘・鈴木晴彦・高城弘一・土屋昌明編著『書の総合事典』(柏書房 2010)
私が編集にかかわったので、紹介はややはばかられますが、書道史の人名や作品名「書道史編」と、そのほかの語彙「テーマ編」の2部構成になっているところが特色。項目数を絞った大項目主義で、書の「総合的」な理解に資することを目指しています。時代順ないし内容による配列・340項目・約700ページ。
 
次回からはもう少し地域別・個別的なテーマを扱った事典・辞典類を取り上げます。

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