2013年8月 8日

歌の起源と書の起源─岡部隆志・工藤隆・西條勉編著『七五調のアジア』大修館書店

岡部隆志・工藤隆・西條勉編著『七五調のアジア』大修館書店(2011)は、アジアの「歌文化」の起源に迫ろうとする魅力的な論集ですが、書を考えるにも興味深い視点を与えてくれます。

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編者の一人、岡部氏は中国西南地域の少数民族文化、特に歌文化を調査研究している方です。岡部氏の研究によると、中国のミャオ族、タイ族、ぺー族、ナシ族などはさまざまな生活の場面で歌を歌いあう(掛けあう)習俗を持っており、複数の男女が歌を交互に歌いあうことで、結婚相手を探す習慣が残っているとのことです。これは日本の古代でも行われた「歌垣」に当たります。歌垣は、「歌掛け(き)」を語源としているとされ、男女が互いに求愛歌を掛けあうことで特定の相手と恋愛関係を結ぶという習俗で、未婚男女の求婚の場でもありました。「万葉集」の中の歌にも詠われています。
長江流域の少数民族のほとんどで歌垣文化が残っており、沖縄の毛遊び(もうあしび)にも歌垣の要素が強く認められます。

こうした文化は三・五・七など定型の音数律(音節を単位とするリズム)を伴っていることも多く、これがいわゆる「七五調」との原型であるらしく、現在の短歌や俳句などの定型詩もここに起源があるのではないかと考えられています。その場では歌の技術が重要で、対になった定数律の歌の掛けあいは、単なる習俗を超えて和歌文化の原型でもあり、歌合や連歌などに発展していったと考えられます。そしてそれは日本固有のものではなく、広く古代アジアに共通していたものであるとみられ、漢詩の五言、七言ももと歌謡に由来するものであったろうと考えられます。工藤氏はアジア全般に「歌垣文化圏」が想定できるとしています。現在、詩歌文学史では音数律定型の問題は、大きな問題になりつつあるということです。

さらに岡部氏は次のように指摘しています。音数律は「言葉の、日常(実用性)とは違う価値を表出するリズム(韻律)を起源としていた……歌はこの世とは違う神の世界、言い換えれば非日常的世界の顕現という機能をもっていた。従って、韻律と旋律は、彼岸との境界性を保証するものだったろう」。つまり、定型の音律による言葉は、想起・反復を容易にし、日常的な言葉により強い価値を与え、彼岸に届く言葉、いってみれば「文学」の言葉をうみだすきっかけとなった、ということでしょうか。

さて、これだけでも実に興味深い話題だと思えますが、問題は文字との関係です。歌が文字化されたとき、「声」の即興性や「場」の共有という面は減殺されつつ、音数律はおそらくよりはっきりと自覚されるものとなるでしょう。文字を書く行為は「反復」そのものでもありますから、音数律の整えられた言葉は文字の反復を通じて現前し、「声」とは異なった価値を持つようになる、と考えられたのではないでしょうか。それが「書」に単なる言葉以上の価値を与える引き金を引いたのではないかとも考えられるのです。
「書」独特の価値としての「書の造形」といったありきたりの表現にあまりぴんと来ない私にとっては、このようなことを考える(妄想ともいっていいレベルですが)きっかけを作ってくれた本書は、刺激的なものでした。

目次
音数律から見たアジアのうた文化 岡部隆志
アジアの中の和歌 西條勉
中国古典詩の音数律 松原朗
南島歌謡の音数律 波照間永吉
アイヌ歌謡と音数律 丸山隆司
アジア辺境国家の七五調 遠藤耕太郎
定型詩の呪力の由来 手塚恵子
漢族の歌の声における規則性と多様性 飯島奨
ヤミ歌謡に音数律は有るのか? 皆川隆一
ホジェン族民謡のリフレインのルーツを探る 于暁飛
アジアの歌文化と日本古代文学 工藤隆

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