2014年6月 7日

書を学ぶための書物(5)──書論に挑戦

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「書論」とは文字通り書を論じた文章のことですが、書つまり「書くこと」または文字についての観念・理論は、おそらく書が生まれた瞬間からあったのではないかと考えられます。

書について美学的な批評や書人の価値づけについてある程度まとまった形で書論が書き始められるのは漢代からですが、書論は、たとえばある書作品がどのような価値観のもとで生まれたかについて考えるときに欠かすことのできない史料ですし、またその時代の社会で書一般がどのようなものとして考えられてきたかについて推し量ることができます。または書の理論や技法や教育について述べられていることもあります。

時には書論の主張が書道史の流れに大きな影響をあたえることもあり、書道史を考えるためには書論を読むことがぜひとも必要になってきます。
ただ、中国の書論はもちろん古典漢文で書かれていますから、読むためには漢文についての広い知識が必要です。特殊な語彙も多く、また現在の私達から見ると、論理があいまいで、わかりにくいことも多いでしょう。
でも古人の言葉から何か新しい発見があるかもしれません。今回は日本語で書かれた書論についての代表的な書物を紹介します。

まずは初めに見ておきたい手引き書から。
◎杉村邦彦『書論』(『書の基本資料19』中教出版)
書論がどんなもので、どのようにして読み始めたらよいかについての簡潔な手引書です。60ページほどの小冊子ですが、充実した内容で、前半は「漢文資料を読むための基本的な工具書」「書に関する文献を読むための工具書」からなり、中国に関する基本的な歴史書、辞書、目録、索引などの文献が紹介されています。書論にととまらず「書を学ぶ」ための手引書です(言ってみればこの欄で紹介してきたような書物が学問的に体系的に整理されています)。
杉村氏は「はじめに」で書論を読むことの意義を

…いわゆる美学理論や哲学談義のような難しい理論を極めようとするものではなく、むしろ実際に書作品が書かれ、鑑賞され、品評され、伝承されてゆく過程で、書に関する書に関する思索が深められ、感性が磨かれ、書をめぐる人間のさまざまな営みが展開されてきたそれらの足跡を、資料に即しながらたどること

と位置づけています。付け加えることはないでしょう。

後半では中国の代表的な書論が時代順に配置されダイジェストされていて、書論の変遷をたどることで、大ざっぱに中国における書の時代性を俯瞰することができます。杉村氏は書論研究会という学会と『書論』という雑誌を主宰されていて、第39号「特集 京都学派とその周辺」が最新です。

書論に使われる漢語は独特の語彙が多く、大きな漢和辞典にも載っていないものがあります。そうした語彙の理解には以前この欄でも紹介した

◎平勢雨邨・森高雲編『書法用語辞典』(西東書房)
が助けになります。

さて代表的な中国の書論書の日本語訳として
◎中田勇次郎編『中国書論大系』(二玄社)
があります。中国の文字論としてもっとも古い「説文解字叙」から始まり、各時代の書論の日本語訳と用語解説が収められています。全18巻の構成で中国書論としてはもっともまとまった日本語の資料ですが、惜しいことに途中で刊行が止まってしまっています。

この月末から東京国立博物館で開かれる「台北故宮博物院」展にも出品される唐代草書の名品である孫過庭「書譜」はそれ自身、王羲之書法を尊重する立場を明確に位置づけた重要な芸術論としてもあります。数種類訳本も出されており、

◎田辺万平『書譜』(日本習字普及協会 『書論双書』)
◎西林昭一『書譜』(明徳出版社 『中国古典叢書』)
◎西林昭一『書譜』(二玄社 『中国法書ガイド』)

二玄社本には図版に加え字形分析などの論考も収められています。

もちろん日本にも書論書があります。有名なものの訳読、解説書には

◎藤原伊行・加藤達解義『夜鶴庭訓抄』(日本習字普及協会 『書論双書』)
◎藤原教長・近藤康夫解義『才葉抄』(日本習字普及協会 『書論双書』) 
◎尊円親王・安藤隆弘解義『入木抄』(日本習字普及協会 『書論双書』)

以上三著がまとまった
◎岡麓『入木道三部集』 (岩波文庫)

などが刊行されています。『入木抄』は『日本思想大系 古代中世芸術論』(岩波書店)に収められ校注が付されており、日本の古典芸能の思想史的な位置が説かれています(赤井達郎校注)。
全集としては

◎『日本書論集成』(全8巻 汲古書院)

近世以降、日本では多くの唐様書家によって書論書は多く書かれました。代表的なものとして

◎市河米庵・中田勇次郎校注『米庵墨談 正・続』(平凡社)

近代では

◎比田井天来・比田井南谷編集校訂『書の伝統と創造―天来翁書話抄』(雄山閣)
◎中林梧竹・服部北蓮解義『梧竹堂書話』(日本習字普及協会 『書論双書』)

などがあります。
最後に中国の芸術論で頻繁に使われる独自の概念について、思想史的な広がりの中で記述したものとして

◎宇佐美文理『歴代名画記─〈気〉の芸術論』(岩波書店)
◎フランソワ・ジュリアン 中島隆博訳『勢 効力の歴史─中国文化横断』(知泉書館)

を挙げておきます。
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