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比田井南谷レポートレポート   Vol. 17 ニューヨーク ニューヨーク1

Vol. 17 ニューヨーク ニューヨーク1

南谷は1959年11月末から、初めての海外としてアメリカ合衆国に渡った。この渡米は1961年4月まで、1年5か月に及んだ。さらに、滞在を予定していたが、妻小葩の病気により、急遽帰国した。

インテルメッツォ(間奏曲)

前衛書の旗手として、南谷は渡米前からその活動が注目されていた。そして、1959年、第5回サン・パウロ・ビエンナーレ展に、森田子龍と共に出品者として選ばれた。その年の末に渡米し、1961年1月にニューヨークで個展を開催した。日本人の海外での芸術活動が稀少であった時代に、南谷の渡米中の活動に関して、日本の書道界や芸術界では、大きな関心が集まった。帰国した1961年の6月には『書道美術7号』(日本書道美術院)で「比田井南谷氏のアメリカでの書活動」と題されて、ニューヨークでのラジオのインタービューが掲載された。南谷自身は、1961年6月16日号の日本経済新聞に「アメリカの書道生活――決して東洋人に劣らぬ表現――」という記事を著した(南谷レポート Vol.15 南谷アメリカへ行く(1)に一部所収)。また、7月18日東京新聞は「線表現に意味はいらない――比田井南谷 米で前衛書道を教授」と題したインタービューを掲載した。さらに、南谷は、8月1日の朝日新聞に「真夏の墨象 カッパの国」というエッセーを著した(「カッパの国」は、南谷レポート Vol.1に全文を紹介)。

南谷は、再渡米のための準備として、ジャパン・タイムズ紙記者、エリーゼ・グリリ(Mrs. Elise Grilli)
と共に‘The Art of Calligraphy’の著述を続け、アメリカで知己を得た関係者たちに書簡を送っている。1961年の暮れには、帰国第1回近作個展が銀座、村松画廊で開催された(12月1日~5日)。在米中の60年から帰国後の61年に南谷の作品は、大きく変化する。それ以前のにじみのある太い線のダイナミズムは薄れ、減筆された細い線と点が、白の空間に流星の痕跡を残すように書かれている。しかし、脆弱ではなく、細い線の表現(筆意)が力強く空間をコントロールしている。格式張らないアメリカでの生活が、南谷に衒いや気負いを捨てさせて、心のままに正直に自分を表現できる作品を生み出させたのであった。


作品61-6
シェーファーの美学教授A.ダーン氏の作品-鉄斎の書「義」の臨書

この個展では、同時にサン・フランシスコで指導したアメリカ人の芸術家や市民たちの作品展も併催した。漢字やその意味内容を全く知らないアメリカ人が、素晴らしい線表現をあらわしていることを紹介し、日本の書家にも感銘を与えた。

続けて、1962年1月23日~28日、日本橋高島屋で書学院同人会主催の「天来遺業展――ならびにその展開――」を開催した。天来没後23年を経て、書の芸術性を唱導し、”墨象“の可能性すら洞察していた天来の偉業を称えると共に、その意志を継いで多面的に展開する書芸術を提示する展覧会であった。

教育者 南谷

南谷は、1962年の4月10日から6月19日まで、週1回、火曜日の午後3時~5時、または午後7時~9時、在日欧米芸術家を対象に、麻布鳥居坂の「国際文化会館(The International House of Japan)」で「西洋人対象の書道教室」を開設した。

1回目 4月10日 講義: 書道藝術の概観 および書道史の概要
実習: 基本運筆の訓練(1)
2回目  4月17日 講義: 書道の用具(筆・硯など)
実習: 基本運筆の訓練(2)
3回目 4月24日 講義: 書道の用材(紙・墨など)
実習: 基本運筆の訓練(3)
4回目 5月1日 講義: 学書の手本の選び方
実習: 漢字の構造(1)
5回目 5月8日 講義: 漢字の書体の発展
実習: 漢字の構造(2)
6回目 5月15日 講義: 筆法の発展
実習: 古典手本(四角スタイルの書〔楷書〕)を学ぶ
欧陽詢(557-641 初唐) 
顔真卿(709-785 晩唐)
7回目 5月22日 講義: 正しさと間違いとの識別、巧みさと素朴さとの識別
実習: 古典手本(初期の四角スタイルの書〔隷書〕)を学ぶ
曹全碑(記念碑 185年 後漢)
石門頌(記念碑 148年 後漢)
ほ閣頌(記念碑 172年 後漢)など
8回目 5月29日 講義: 書道のマウント(裏打ち等)の多様な種類
実習: 古典手本(刻されたスタイルの書)を学ぶ
甲骨文(紀元前1800-1100 商―殷)
青銅器の銘文(紀元前1800-770 商―殷、西周〔銅器〕)
秦代の刻石(紀元前221-206 秦)
9回目 6月5日 実習: 古典手本(草書と行書)を学ぶ
空海(774‐835 平安時代)
小野道風(896-966 平安時代)
藤原行成(972-1027平安時代)
王羲之(321-379?東晋)
蘇東坡(1036-1101 北宋)
その他、日本および中国の書の大家 
10回目 6月12日 講義: 書の芸術性
実習: 多様なスタイルの自由な解釈(1)
(様々な用材と用具を用いて)
11回目 6月19日 講義: 現代書道の概観
実習: 多様なスタイルの自由な解釈(2)
独創的なパフォーマンス
(1) 教本・紙・筆・墨等は、レッスン中、原価で購入できる。
(2) 特別の用具は講師から貸与される。

南谷が英語を駆使して、書道文化の歴史を講義し各種レッスンを実践したこの書道教室は、サン・フランシスコのルドルフ・シェーファー図案学校での授業内容をさらに分かりやすく工夫したもので、欧米の受講者たちに大好評であった。南谷の教育者的側面はアン・オハンロンが的確に指摘しているが、父天来譲りの学書の研究を教育に繋げ、書芸術の精髄の正しい理解を広めようとするものであった。

南谷の許には、海外から次々と展覧会依頼が届いた。1962年4月のミーチュウ画廊での「書の4000年展」のブランダイス大学(マサチューセッツ、ウォルサム)での展示。西ドイツでの「現代日本の書・意味と記号展」(ダルムシュタット・アウグスブルク・ベルリン)。また、1962年から1964年にかけて、アメリカ巡回「現代日本の墨画展」。そして、1962年11月~1963年1月に開かれたニューヨーク近代美術館(MoMA)の「最近の収蔵品:絵画および彫刻展」に「作品60-B・60-C・60-D」の3点が展示された。この展覧会には、ジョルジュ・ブラック、セザンヌ「モン・サン・ヴィクトワール(1900-06)」、サム・フランシス、マティス「音楽(1907)」、ミロ、ヘンリー・ムーア、アド・ラインハルトなどの著名芸術家の作品が共に展示された。さらに1963年には、オランダと西ドイツでの「書法と形象(Schrift und Bild)展」(5月~6月オランダ・アムステルダム、6月~8月西ドイツ・バーデンバーデン)に出品した。


ニューヨーク近代美術館(MoMA) 「最近の収蔵品:絵画および彫刻展」
左が「作品60-D」 右は1961年に購入された「作品59-42」

セザンヌ「モン・サン・ヴィクトワール1902-06」
アンリ・マティス 「音楽」(スケッチ)

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