高知新聞に、2020年1月14日から2022年3月1日まで、108回にわたって連載された「書家と碑文」が書籍になりました。
タイトルは「書家と碑文―書は人格なり」
発行は株式会社高知新聞社です。
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著者は池添正さん。
高知新聞社で学芸部長や編集委員室長などをつとめられ、現在学芸部嘱託です。
書道に詳しい方だと思いますよね。
ところが「取材を始めたころは書家の雅号や名前がいくつもあることを知らなかった(「あとがき」より)」そうです。
それにもかかわらず、高知県の石碑を探訪し、なんと411基もの書碑データをそろえるという偉業をなしとげられました。
同じあとがきに「防虫スプレーを手に虫や爬虫類と戦いながらカメラ機材を背負って山の麓から尾根付近まで歩き回った」とありますから、装丁に使われている写真はそのときのものでしょう。
美しい写真です。
連載のきっかけになったのは、比田井天来が書いたと伝えられる石碑でした。
高知市柳原にある「フランクチャムピオン之碑」です。
福原云外先生が「墨の滴」に、「土手の上に建つチャンピオンの碑は比田井天来の書」と書いてあるので、メールで私の意見を求められたのです。
こんなに大きなカタカナで書かれた天来の石碑は見たことがありません。
しかし、調べてみると、石碑建立の二ヶ月前に天来が高知にいたことを示す新聞記事や、川谷横雲らと撮影した集合写真も見つかりました。
「之碑」は明らかに天来のように見えます。
そこで、天来だと思うとお返事し、新聞記事や集合写真のデータをお送りしました。
2028年8月のことでした。
書籍「書家と碑文」には、高知県の書家の方々が揮毫された石碑が紹介されていますが、注目したいのは、川谷横雲、川谷尚亭、手島右卿、山崎大抱、高松慕真、南不乗、伊藤神谷、恩地春洋、そして連載の最後を飾る近藤雪竹です。
さらに、連載終了後に追加されたものの中に、益田石華、日下部鳴鶴、松井如流、篠崎小竹、貫名菘翁、松本芳翠揮毫の碑がありました。
川谷尚亭書「桂月先生記念碑」があるのは高知市桂浜。
「土佐十景之碑 吉祥寺」は、1926年に土筆新聞が高知県内の景勝地ベスト10を募集し、選ばれた場所に建てられた記念碑の一つ。
地名の揮毫は公募で、20歳代後半の手島右卿先生が応募して、見事当選したそうです。
副題に「書は人格なり」とありますが、それぞれの石碑には書いた人の略歴や業績が紹介され、心のこもった内容です。
連載のきっかけが天来の碑だったことから、私が序文を書かせていただきました。
一部引用します。
旅の楽しみの一つに、石碑との出会いがある。
などと書くと、なんとマニアックな! とあきれられるかもしれないが、道端にぽつんと建つ石碑が名のしれた書家が書いたものだとわかると、なんとも嬉しいのである。
さらにそれが古いものだったりすると、嬉しさはひとしおだ。
太平洋戦争後に作られた石碑はほとんどが機械彫りになってしまったが、それ以前は手彫りなので線が美しい。
石の姿にも風格がある。
さらにそれぞれの物語があるのも興味深い。
通り過ぎようとする人を引き止める力が石碑にあると思うのだが、現代では立ち止まる人は少なくなってしまった。
中略
書の作品は美術館に運ばれて鑑賞することができるが、石碑はそこを訪れなければ見ることができない。
その地の風景の中で見てこそ、その魅力を堪能できるのである。
多くの方が本書をお読みくださり、現地を訪れて、風雨とともに屹立する石碑の魅力を知ってくだされば、これ以上嬉しいことはない。
石碑といえば、やっぱり「天来自然公園」でしょう。(無理やり)
天来自然公園は、比田井天来生家の裏山、長野県佐久市協和7686-2にあります。
比田井天来・小琴・上田桑鳩・金子鷗亭・手島右卿・桑原翠邦・石田栖湖・大澤雅休・比田井南谷の作品が刻された石碑が建てられています。
天来自然公園の詳細についてはこちら。