天来書院を創立したのは1990年6月2日。
今日で創立30周年を迎えます。
書道出版といえば・・・
大学院修士課程を修了して、最初のお仕事は角川書店でした。
伏見冲敬先生の「角川書道大字典」が完成して、携帯版「角川書道字典」の編集が始まったばかりのときです。
どんなことするのかな、と思っていた私に渡されたのは小さな小さな紙切れ。
紙切れには「し」という字が印刷されていて、一緒に「針切」も渡されました。
「この字、多分『針切』の一部だと思うのですが、確認してください」。
ええっ? まじ?
切れ端が風で飛んだか、うっかり床に落としたか。
で、確かに「針切」の中にこの字がみつかりましたが・・・。
なんという作業をしているのだ!
字書部屋で行われていたのは、文字を一字ずつ切り離し、部首別画数順に貼り込むという、気が遠くなるような作業でした。
まあ、「切った張った(貼った)」ってやつですわ。
作業をするメンバーのほとんどは東京教育大(今の筑波大学)の書道科卒のエリートのみなさん。
かたや私は、ドイツ語はやったけど漢文やってないし、部首わかんないから仕事にならないし。
「支那文を読む為の漢字典」の「検字」をコピーして、ひたすら部首を覚える日々。
それだけではありません。
伏見先生や北川先生が時々ふらっとあらわれ、軽くおっしゃる冗談らしきものがわからない。
そんなわけで、苦難の連続でございました(涙・涙)。
ですが、神保町へ連れて行ってもらったり、教わった本を読んだり、父とお酒飲んで議論したりしている間に、なんとかなってきたのでした。
(ほんとか?)
さて、天来書院です。
30年前の今日、父と夫と兄弟とその他いろんな人をお呼びして、「わかな」から鰻重をとって、創立のお祝いをしました。
貴女ならできるよ、とか、できるはずはないからやめたほうがいい、とか、他人はいろんなことを言いましたが、家族が信じて手伝ってくれたからできたような気がします。
(今もそうだ!)
最初の発行物は「名筆五体般若心経」(折帖版・全6冊)。
鳥の子紙に似た雰囲気の紙を特漉きしてもらい、表紙には緑色の和紙に金色で唐草を印刷し・・・。
「集空海書般若心経」と「呉昌碩篆書般若心経」はよく売れて、つい最近まで販売していましたが、特漉き紙ができなくなり、やむを得ず洋装本『名筆五体般若心経』(全1冊)を作りました。
折帖版第6巻の『心経小品集』の内容は、「隅寺心経」「伝空海書破体心経」「川谷尚亭臨破体心経」「良寛書般若心経」「趙子昂臨集王羲之書心経」の五種。
中でもおもしろいのは、広隆寺にある「破体心経」(右)です。
「空海」の落款があります。
通説では空海ではないとされていますが、実に魅力的な書で、引き込まれます。
楷行草隷に梵字や章草の書法を交えた破体表現で、同年の「真言七祖像・一行行状文」に近接する。
これは密教を書表現したものであり、空海の人と思潮を端的としている。(飯島太千雄先生の解説より)
川谷尚亭の臨書(左)は、原本の線質と字形をみごとにとらえた、すばらしいものです。
この当時はまだ珍しいものを喜んでくださるお客さまが多かったから、こういう本を作れましたが、今では無理かも。
狭い範囲のお手本しか売れなくなってしまいました。
なぜだろう。
コロナウィルスが世界中で猛威をふるっています。
明日はどうなるかわからない。
ついつい悲観的になってしまいますが。
今年も紫陽花が可憐な花を咲かせました。
季節は巡っています。
これからも、さらに新しい可能性を求めて、仕事をしたいと思っています。
どうぞよろしくお願い申し上げます。