富士山天気予報では珍しくほぼ無風。加えて日曜日の天気は「曇り時々晴れ」の予報を見て、これはチャンスと思い、土曜の夕方から再度御殿場口に向かった。
御殿場市内でお弁当と飲み物を買い、勇んで登山口に向かうも、途中で霧が段々濃くなり前が見え辛くなってきた。それがまた国道から御殿場口に入る側道に入った途端に視界3mくらいしかない。脱輪しないかとハラハラしながらのろのろ運転して何とか駐車場に辿り着いた。

前回、駐車した第二駐車場はガラガラというか霧に包まれ車が見えなかったので、その上にある第一駐車場に入る。南側の端が崖になっていたので車ごと下に落ちたら洒落にならない。霧で奥側が見えないので入口に車を停めて徒歩で駐車地点を探す。

前回のことがあるので駐車場所を気にしていたが、既にオフシーズンなのだろう。広い駐車場には他の車は停まっていなかったようだ。車中泊の準備をしてご飯を食べたら直ぐに睡魔に襲われてしまった。

2時前に起きると雨が降っていた。今日もダメかと思い二度寝入りしていると5時前に霧が収まっていた。手前に見えるのは沼津の北にある愛鷹山。裾野や沼津側は雲がかかり太平洋まで雲海が続いていた。やがて、東の空が段々明るくなり、雲にオレンジ色の帯がかかってきた。

日の出は迎え、太陽の光は強くて眩しいくらい。熱さを感じた。寒さの中、これはありがたかった。ご来光というのは正直、頂上まで上がらなくても、ここでも充分綺麗に見えて感動もあった。後ろに聳える富士山は大凡2,000m以上に雲がかかり頂上は見えなかったが、雲の下は太陽の光を浴びて赤く染まっていた。下に見える雲海と上下を雲に挟まれた隙間に居る感じがした。

日の出は迎え、太陽の光は強くて眩しいくらい。熱さを感じた。寒さの中、これはありがたかった。ご来光というのは正直、頂上まで上がらなくても、ここでも充分綺麗に見えて感動もあった。後ろに聳える富士山は大凡2,000m以上に雲がかかり頂上は見えなかったが、雲の下は太陽の光を浴びて赤く染まっていた。下に見える雲海と上下を雲に挟まれた隙間に居る感じがした。

これは綺麗!ひょっとして、北斎の赤富士はこの時期だったのかも知れませんね。赤富士は普段、青っぽく見える富士山が、晩夏から初秋にかけて早朝に雲や霧と朝陽との相関関係から赤く染まって見える現象とのこと。昔から赤富士は縁起が良いとされ、その絵を家の東に飾ると仕事運の他、家族運や健康運など上昇する。赤富士は、滅多に見ることができないため、赤富士を鑑賞した人には、災厄から免れたり、商売繁盛など願いが叶うと言われているそうです。

また、妊婦さんが陣痛中に赤富士を描き、その絵を子供を望む人に贈り、寝室の北側に飾ると子宝に恵まれるという言い伝えもあるようです。

ご来光を眺めて直ぐに前回同様、7合目を目指して登り始めた。天気予報では曇り時々晴れ、所により雨。前回の経験から上りのコース取りもマスターしていいペースで登っていた。1時間弱で距離は3km、高度650m。ただ、上るに連れて霧が雨に変わり、雨が本降りに変わってきた。2,200m手前で既に全身ずぶ濡れ。フリースを着たのが選択ミス。それが裏目に出た。このまま登り続けると低体温症で身動きが取れなくなる危険があり、その場で潔く登山を断念。2回連続してリタイヤとなった。ただ、カッコつけて人様に迷惑をかけるよりは良しとしよう。ということで今回は2,170mまでで目的の7合目までは高度900mを残した。

駐車場に戻り着替えて車のヒーターで暖を取る。それでも寒くて震えが止まらない。少し、下にある水ヶ塚公園駐車場まで車で移動して暖かい缶コーヒーを飲んで生き返った(御殿場口には自販機がありません)。
それが御殿場の自衛隊の駐屯地まで下りると気温もぐんぐん上がり真夏のような天気に変わった。シートヒーターを切り、暖房を冷房に切り替えた。堪らずにフリースから上下を短パン、Tシャツに着替える。還暦を迎えた身体も短時間での高低差と温度変化にさぞビックリしたと思う。

帰りは小田原の魚屋さんに寄って石鯛を買う。食前酒は家内の実家で採れた梅を漬けて作った梅酒です。

輪島塗りの朱の卓上膳。今朝見た赤富士を思い出しました。足が付いていてテーブルよりも1段高いせいか?リッチな感じがします。朱色と凹凸がなく鏡のような仕上がりに目も癒されました。

輪島塗りは黒と朱を基本とした漆器の中で製造工程が唯一国の「重要無形文化財(国宝)」に指定されています。工程は明確に分業化され、一つの工程で一人前になるのは最低5年を要します。そうした分業でしか出来ない技術や品質、丁寧さが輪島塗りを支えてきたのだと改めて感じた次第です。

これを使うとお刺身も更に美味しく感じるのが不思議ですね。

富士山、中々天候に恵まれませんが、年内にまたリベンジします。