季節に映ることば
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書譜の名句

比田井和子

中国唐時代、孫過庭が書いた「書譜」は、草書を学ぶために必須の手本として知られています。
同時に書論としても優れており、「書」という範疇を超えた味わい深いことばも少なくありません。
そこで今回は「書譜」の中から、色紙や作品に書きたい名句をご紹介しましょう。
孫過庭が書いた書も参考にしつつ、書作にお役立ていただければと思います。

 

今回参考にした書籍→孫過庭書「書譜」

 

 

最初は一字だけを書いて作品にしたいときにおすすめの漢字です。
楷書に近い読みやすいものから、かなりくずした草書体までを選びました。
いずれもリズム感にあふれ、躍動的な字形ですから、そのまま書くだけで見応えのある作品になるでしょう。

和 おだやか。のどか。温かい。
音 おと。こえ。うた。
遠 とおくへいく。とおい。
神 かみ。精霊。たましい。
飛 とぶ。空をかける。速い。 

鶴 姿、鳴き声ともに気高く、千年生きる鳥として尊ばれる。
亀 長寿を祝うときに用いられ、四霊の一つとして尊重される。
極 きわめる。きわまる。きわみ。
麗(二種) うるわしい。うつくしい。かがやく。

続いて二字熟語です。
誰でも読める楷書体もいいですが、ちょっと高度な草書体を使うとかっこいい作品になります。
和紙の葉書に書いて、葉書スタンドといっしょにプレゼントするのはいかがでしょう。
贈られた人も、裏打ちの心配をせずに、手軽に飾って楽しむことができます。

閑雅 かんが 物静かで優雅。
知音 ちいん 音楽を理解する者。転じて自分を理解してくれる人。真の友人。
翰墨 かんぼく 筆と墨。転じて文学、書道の意。
妍妙 けんみょう 美しくはかり知れない。
菁華 せいか 精華に同じ。最もすぐれたもの。

次は四字句です。
最初の四点には、原本を使ってお手本を作りました。
それ以後には、「書譜」(シリーズ・書の古典)のページ数のみを示しました。

違而不犯。
違(たが)いて犯(おか)さず。
一部に違和感があるようでいて破綻はしない。
66ページ

古不乖時。
古にして時に乖(そむ)かず。
古法を守りつつも時流から外れない。
6ページ

人書俱老。
人と書と俱(とも)に老(お)ゆ。
人も書もともに老成する。
53ページ

窮微測妙。
微を窮め妙を測(つく)す。
微妙な表現を追求する。
18ページ


今不同弊。
今にして弊(へい)を同じくせず。
現代的でありながら時弊に染まらない。
6ページ

留心翰墨。
心を翰墨(かんぼく)に留(とど)む。
書道の世界に心ひかれる。
12ページ

智巧兼優。
智と巧と兼(か)ね優まさる。
見識と技術とがともに優れている。
15ページ

心手双暢。
心と手と双(ふた)つながら暢(の)ぶ。
心(感興)と手(技法)とがあいまって暢達している。
15ページ

得意忘言。
意(い)を得て言(げん)を忘る。
意を得て言を忘れる(核心は言語表現できない)。
31ページ

意先筆後。
意(い)先んじて筆後(おく)る。
意のままに筆がついてくる。
49ページ

翰逸神飛。
翰逸(はし)り神(しん)飛(と)ぶ。
筆が生き生きと動いて、心が飛翔する境地に到達する。
50ページ

心悟手従
心悟(さと)り手従う。
心に悟り手がよく動く。
50ページ

和而不同。
和(わ)して同(どう)ぜず。
調和しながら一律ではない。
66ページ

留不常遲。
留(とど)まりて常には遅からず。
滞留しながら遅筆に終始するというのではない。
66ページ

遣不恆疾。
遣(や)りて恆(つね)には疾(はや)からず。
奔放に書きながら常に速筆ではない。
66ページ

帶燥方潤。
燥(そう)を 帯(お)びて方(まさ)に潤(うるお)う。
渇筆になったり潤筆になったりする。
66ページ

將濃遂枯。
将(まさ)に濃(こま)やかならんとして遂(つい)に枯(か)る。
濃艶から枯淡になる。
66ページ

最後に、半切や全紙などの作品に書きたい文章をご紹介します。
写真は、王羲之の書を称える文章が書かれた部分。
自然の風物にたとえながら、書のすばらしさ、美しさを語っています。

鴻飛獸駭之資。
鴻(こう)飛(と)び獣(けもの)駭(おどろ)くの資(すがた)。
鴻が飛び獣が駭くような姿。
14ページ

鸞舞蛇驚之態。
鸞(らん)舞(ま)い蛇(へび)驚(おどろ)くの態(さま)。
鸞が舞い、蛇が驚くような姿態。
14ページ

纖纖乎似初⺼之出天崖。
繊繊(せんせん)乎(こ)として初月(しょげつ)の天崖(てんがい)に出(い)ずるに似にたり。
ほっそりとした新月が天空のはてに出たようだ。
14ページ

落落乎猶衆星之列河漢。
落落(らくらく)乎(こ)として猶(な)お衆星(しゅうせい)の河漢(かかん)に列(つら)なるがごとし。
数多くつらなる星が銀河にきらめいているようだ。
14ページ

同自然之妙有。非力運之能成。
自然の妙有(みょうゆう)に同じく、力運(りきうん)の能(よ)く成すに非ず。
まるで天然の美そのままであり、作為的な技巧によってできるものではない。
15ページ

信可謂智巧兼優。心手雙暢。
信(まこと)に智と巧と兼(か)ね優(まさ)り、心と手と双(ふた)つながら暢(の)ぶと謂うべし。
あきらかに、見識と技術とがともに優れ、心(感興)と手(技法)とがあいまって暢達した結果なのである。
15ページ

翰不虛動。下必有由。
翰(ふで)は虚(むな)しく動かず、下(くだ)すに必ず由(よ)る有り。
筆はただ単に運筆するものではなく、必然的な理にかなった書き方がある。
15ページ

一畫之閒。變起伏於峯杪。一點之內。殊衄挫於豪芒。
一画(かく)の間(かん)、起伏を峰杪(ほうびょう)に変じ、一点の内、衄挫(じくざ)を豪芒(ごうぼう)に殊(こと)にす。
一画のうちにも末端に至るまで変化の妙をきわめ、どの一点を見てもそれぞれ多彩な変化を見せる。
15ページ

詎知心手會歸。若同源而異派。轉用之術。猶共樹而分條者乎。
心手の会帰(かいき)は、源(みなもと)を同じくして派(ながれ)を異にするが若(ごと)く、転用(てんよう)の術は、猶(な)お樹を共にして条(えだ)を分かつがごとし。
心と手(つまり、精神と技法)とが融和した境地は同じ水源から支流がさまざまに分かれ出るようなものであり、筆法は同じ幹からさまざまな枝が分かれ出るように自然に変化に富むものだ
22ページ

不入其門。詎窺其奧者也。
其の門に入らずんば、詎(あ)に其の奥(おう)を窺(うかが)う者ならんや。
入門してみなければ、深奥をうかがい知ることはできない。
28ページ

觀乎天文。以察時變。觀乎人文。以化成天下。
天文(てんもん)に観(み)て、以て時変(じへん)を察(さっ)し、人文(じんもん)に観て、以て天下化成(かせい)す。
天文を観て、四季の変化を察し、人文を観て、天下の人々を教化育成する​​。
64ページ

書之爲妙。近取諸身。
書の妙(みょう)たる、近く諸(これ)を身に取る。
書が絶妙となるのは、身近な体験にもとづく。
64ページ

波瀾之際。已濬發於靈臺。
波欄(はらん)の際、已(すで)に霊台(れいだい)に濬発(しゅんぱつ)す。
実際に筆を躍動させれば、心の奥底から魂が発揚されてくる。
65ページ

數畫竝施。其形各異。衆點齊列。爲體互乖。
数画(すうかく)並(なら)び施(ほどこ)して、其の形各(おの)おの異ことなる。衆点(しゅうてん)斉(ひと)しく列(つら)ねて、体(たい)を為すこと互いに乖(そむ)く。
数本の筆画を並べることから、おのおの異なる字形ができ、多くの点を同じように打っても、一つ一つの字はそれぞれ違う。
66ページ

一點成一字之規。一字乃終篇之准。
一点は一字の規(き)を成し、一字は乃(すなわ)ち終篇(しゅうへん)の准(じゅん)たり。
一つの点が一字を規定し、その一字が作品全体を決めるもととなる。
66ページ

泯規矩於方圓。遁鉤繩之曲直。
規矩(きく)を方円(ほうえん)に泯(ほろ)ぼし、鉤縄(こうじょう)の曲直(きょくちょく)を遁(のが)る。
方円を画くに方円の規範を意識せず、曲直を画くにその法則性にとらわれない。
67ページ


乍顯乍晦。若行若藏。
乍(たちま)ち顯(あら)われ乍(たちま)ち晦(くら)く、若(も)しくは行(い)き若(も)しくは蔵(かく)る。
明快にまた晦渋に、表出したり退蔵したりする。
67ページ

窮變態於豪端。合情調於紙上。
変態(へんたい)を豪端(ごうたん)に窮(きわ)め、情調(じょうちょう)を紙上に合す。
筆端は姿態の変容をつくし、紙上に情懐が統合される。
67ページ

無閒心手。忘懷楷則。
心手に間(へだ)て無く、懐(こころ)を楷則(かいそく)に忘る。
心と手とが一体となり、筆法の規範を忘却した無心の境地に達する。
67ページ

お手本なしに、自分の文書を作品に書くのは難しいものです。
古典名品の助けを借りれば、今までとは一歩進んだ作品を作ることができます。
されに古典にはいろいろな表現があるので、それらを学べば、多彩な作品を書くことができるのです。
じっくりと、臨書に取り組んでみませんか。

2021年11月26日
     
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