季節に映ることば
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李嶠詩

比田井和子

書の古典の中に、美しいことばが散りばめられている作品があります。

その一つが、嵯峨天皇筆と伝えられる「李嶠詩(りきょうのし)」。

唐の詩人、李嶠(644〜712)の詠物五言律詩120首を書写したもので、李嶠の詩を記した最古の書です。

120首の中、21首が残っており、書は中国唐代の欧陽詢に似て力強く、変化に富んでいます。

今日はその中から、作品に書きたいことばをご紹介しましょう。

まずは一字です。

「大字書」(以前は「少字数書」といいました)というジャンルは、一字や二字の作品を書きます。
また、色紙に一字書くこともありますね。
そんなとき、「李嶠詩」の中の字がとても参考になります。

うるおいとリズムにあふれた、味わい深い字を選んでみました。
上の段は、形がほぼ正方形に近い字で、下は細長い字です。
一字だけ書いても、充実した紙面を作ることができます。

次は、二字句です。

玲瓏 金属や玉がふれあって鳴る美しい音。玉のように、あざやかで美しいさま。
寒色 さむざむとした感じを与える色。暖色の逆。
素月 白い月の光。明るい月の光。
瑞気 めでたい雲気。
流影 影が流れる。

横型の作品にしてもいいですね。

続いて三字句です。

聚賢人 賢人があつまる。
名月夜 くもりのない月が出ている夜。
宝気新 宝の気が新しくなる。
千年鶴 千年生きる鶴。
三秋月 秋の三ヶ月に出る月。

李嶠詩に書かれているのはすべて五言律詩です。
その中から、作品に書きたい五字と十字のことばを最後にご紹介します。
( )内は『李嶠詩』「シリーズ・書の古典」のページ数です。

月 分暉度鵲鏡、流影入娥眉。(6ページ)
暉を分かちては鵲の鏡を度り、影を流しては娥眉に入る。
半月は鏡の片割れが鵲となって空を渡るようであり、三日月は美人の眉のよう。

月 皎潔臨疎牖、玲瓏鑒薄帷。(6ページ)
皎潔として疎なる牖に臨み、玲瓏として薄き帷に鑑みる。
白く清らかな明月の光は質素な窓から差し込み、透き通るような月光は薄い帷を照らす。

風 落日正沈々、微風生北林。(8ページ)
落日正に沈々たり、微風北林に生れり。
日が落ちて静まった夜、微かな風が北の林に吹き始める。

風 帶花疑鳳舞、向竹似龍吟。(8ページ)
花を帯びるときは鳳の舞うかと疑い、竹に向くときは龍の吟ずるに似る。
風に吹かれる花は鳳が舞うように見え、風が竹林に吹くと龍が鳴くような音がする。

煙 還當紫霄上、時接白雲飛。(10ページ)
還って紫霄の上に当たって、時に白雲の飛ぶに接わる。
煙は紫色に染まる天空高く上り、時には白い雲と混じり合うように飛ぶ。

露 滴瀝朙花苑、葳蕤泫竹叢。
滴瀝として花の苑に明らかに、葳蕤として竹の叢に泫る。
露は花の上にしずくとなり、竹の葉にしたたる。

霧 玲瓏素月朙。(12ページ)
玲瓏として素月明らかなり。
きらきらと白い月が明るく輝いて見える。

雨 圓文水上開。(13ページ)
円なる文は水の上に開く。
雨粒による円い輪もようが水面に広がる。

雪 逐舞花光散、臨紈扇影飄。(14ページ)
舞を逐いて花の光散じ、紈に臨みて扇の影飄る。
降る雪は光る花が舞い散るようであり、白絹のように舞う雪はまるで白い扇がひるがえるよう。

山 古壁丹靑色、新芲錦繡文。(15ページ)
古壁丹青の色、新花錦繡の文あり。
山肌は苔などで古壁に赤や青の色を塗ったようであり、新しい錦もようの花が咲いているようだ。

石 巖花鏡裏發、雲葉錦中飛。(16ページ)
巌の花は鏡の裏に発き、雲の葉は錦の中に飛ぶ。
岩に咲く花は鏡のような石に写って開き、木の葉のような雲が錦のように美しい石に写って飛ぶように見える。

原 帶川遙綺錯、 分隰迥阡眠。(17ページ)
川を帯びて遥かに綺錯さくたり、隰を分かちて迥に阡眠たり。
川が帯となって流れる原には草花が美しく入り混じり、湿原には広びろと草木が茂っている。

野 草暗平原綠、芲朙春徑紅(18ページ)
草暗くして平原緑に、花明らかにして春径紅なり。
草が暗いほど茂った平原の野は緑色に染まり、花が明るく咲く春の野の小道は紅色に染まる。

田 瑞麥兩岐秀、嘉禾九穗新。(19ページ)
瑞麦は両岐に秀で、嘉禾は九穂新たなり.
太平の世の田にめでたい麦は穂が二またに出て、九つもの穂をもつ優良な穀物が新たに実を結ぶ。

海 三山巨鼇踊、萬里大鵬飛。(21ページ)
三山に巨鼇踊り、万里に大鵬飛ぶ。
海には三山(蓬萊・方丈・瀛州)を背負った巨大なウミガメが踊り、大魚が化した大鵬が万里の距離を飛ぶ。

河 河出崑崙中、長波接漢空。(23ページ)
河は崑崙の中より出で、長波は漢空に接わる。
黄河の源流は崑崙山中にあり、その長大な波は天の川に連なっている。

洛 花朙珠鳳浦、日映玉雞津。
花は明らかなり珠鳳の浦に、日は映えたり玉鶏の津に。
洛水の浦には明るい花のような珠鳳がおり、洛水の津には日に照り映える玉鶏がいるという。

「李嶠詩」は、王羲之や唐の四大家などと比べると、それほどたくさん習われているわけではありませんが、臨書展では実は人気の古典です。
作品にすると見栄えがするのでしょう。
ぜひ、習ってみてはいかがでしょう。

2020年7月20日
     
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