比田井天来の命日と「天来先生碑」

2017年1月5日

1月4日は比田井天来の命日。恒例の墓参が行われました。

椿

穏やかないいお天気でした。青空に椿の花が映えます。

建長寺

臨済宗五山第一、建長寺。

建長寺三門

参道を歩いていくと、正面にあるのが三門。この下を通ると清められるそうです。

建長寺鐘楼

この鐘も有名ですね。三脚を立てて撮影すると撮影代が必要です。

比田井家墓

比田井家之墓は桑原翠邦先生の書です。先にお参りしてくださった方がお酒を供えてくださいました。左のライターも残しておいてくださったので、私たちは大助かり。

今年参加して下さった方々と記念撮影。最前段右から二人目が北川博邦先生。白いお髭がかっこいい♡ 初参加は、去年比田井南谷展を開催してくださった加島美術の社長さんご夫妻と、青山学院大学の書道部のお二人。平均年齢を引き下げてくださいました。みなさま、お忙しい中、ありがとうございました。この後は鎌倉の居酒屋さんで、わいわいがやがや新年会。

建長寺にあるのが、上田桑鳩先生書「天来先生碑」です。今年はこの碑についてご紹介しましょう。

 

上田桑鳩先生の随筆集「蝉の声」に、この碑を書いた時のことが載っています。まずはどんな書風にするか決めるのが一苦労。あれこれ考えて雁塔聖教序の書風を選びます。

それにしても、この細い字で、先生の偉容と高邁なる精神を如何に具現すべきかの技法の問題に直面して、はたと当惑せざるを得ない。そこで、これは逆の手を打ってみようかと考えた。即ち一般には、太く強い点画で、強い印象を現そうとするのだが、この場合、偉大感は字の懐抱を大きくして空間に託すことにし、目に見えぬ大きさや拡がりによって表現しよう。そうして、先生の芸術家的な、繊細に働く神経の鋭さは、鋭敏に活動する雁塔ばりの筆意と、線質に具象する方針をとってみよう。

そして十月はじめから、箱根早雲山中腹にある道了別院にこもります。

前の連峰の岫から雲が無心に出、近くの樹々はすでに紅葉しかけていた。内に温泉があるので、疲れれば浴して休息することができる。書きものをするにはうってつけの場所である。

初日の午後と翌朝は散歩をし、午後から机に向かい、雁塔聖教序の全臨をします。そしていよいよ揮毫開始。篆額を除くと天地約4メートル。ここに千五百字を収めなくてはなりません。最初から終わりまで、一日で書き上げましたが、最初と終わりの調子があまりに違っていて気に入りません。そこで考えついたのが、書き始めて3〜4行になると調子が出て字が熟してくるので、調子がよくなったらまた最初に戻って書く。翌日は書き終えたところより3〜4行前に戻って書き始める。これを翌日も、その翌日も繰り返すのです。なんという精神力でしょう!

あまりに疲れて、ケーブルカーで強羅に降り、熱海に泊まってごちそうを食べたり、箱根の名所を見て回ったり、三日間の休養をとると、体は回復しました。翌朝出来上がっている一通を見て、気に入らない字を朱筆で添削していると、この朱筆が書きやすい! かな用で、細字を添削するのに使っていた筆で、穂先が擦り切れているので、捨てようと思っていた矢先でした。

弾力が朱の作用で強くなっているらしく、強い張りのある字ができる。鋒先が切れているので、線の肌はきたならしいが、他の筆で出来ない渋さが出る。これはよい味だというので、その日からこの禿筆を用いることにすると、これまでのように苦労しないで二通できた。しかも、もう自分の現在の力では、これ以上の仕事は出来そうもないところまで来たので、意に満たぬが、これで打ち切ることにした。

それで終わりではありません。所々に気に入らない字があるので、そこだけ書き直そうとしますが、まわりの字と調和しません。そこで考えついたのが、一字だけではなく、その字の5〜6字前から書き始め、2〜3字後まで書くことです。

これはなかなか手間を食う仕事で、一度で出来ないときもあるので、字数からいえば、犠牲にする字は、碑文の全字より多いかもしれない。書き上げに要した日数より、もちろん多くの日時をこれに要するのだ。

山ごもりの予定日数はとっくに過ぎているので、家に持ち帰り、完成させました。あとは石屋さんにおまかせ! というわけにはいきません。試し彫りを見ると、のっぺりしているので理由をただすと、機械彫りだとのこと。急遽手彫りに変更し、三人の職人を家に呼んで書いて見せ、微妙な味のおもしろさを説明すると、一人はわかりました、わかりましたと安請け合いをし、60歳に近い実直そうな一人は、これはなまじっかな考えで彫るより、書いてある通りをそのまま彫るのがいい、と答え、最後の35〜6歳の職人は、粘りと熱を持っていそうで、これは難しいがおもしろそうです。勉強するつもりでやりましょうと答えます。はたせるかな、最初の職人はがつがつと上のほうを彫っているので、あれはやめさせてほしいと言うと、当人も、こんな気骨の折れる仕事はごめんだといってさっさと帰ってしまいました。

残った二人は、熱心と忠実の組み合わせであるから、安心ができる。(中略) 私の熱を二人は部下のようになって汲んでくれるし、私はこの二人がいじらしいものに感じられた。

上田桑鳩書天来先生碑

そうしてできあがったのが、この石碑です。なんという情熱と努力がついやされたことでしょう! 繊細でのびやかな中に、ゆるぎない強さを秘めた傑作だと思います。この碑を見るとき、「蝉の声」の文章を思い出してくださいね。

現在、この本は絶版です。アマゾンに古本が出ることもありますので、欲しい方はこちらをチェック。

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書道