2009年2月18日

梧竹の超短鋒筆

86歳 てん筆以前s.jpg
梧竹の作品の中に、とても太い線による、豊かで強い作風のものがあります。

梧竹は最晩年、超短鋒筆(穂先の長さが極端に短い筆)を使ったことはよく知られています。

梧竹愛用筆.jpg梧竹は本当に多彩な筆を使っていますね。左から三本目と四本目は、穂先の根元に金網を巻いた「籠巻筆」、腰のある硬い筆です。そして一番右が、最晩年の超短鋒筆。常識を超えた短さですね。これを作った職人さん、さぞ苦労したことでしょう。

86歳 てん筆以前.jpgこの筆ができたときに書いたのがこの作品。筆の機能を活かした、すごい作品です。
気になっているのが書かれたことば。「恬筆以前」と書いてあるんです。初めて筆を作ったと伝えられる人物「蒙恬」より前の、古代の筆だっていうのは、どういう意味なんでしょう。
そういえば

60歳代 臨周ジ太子鼎銘s.jpg梧竹は、日本でもっとも早い時期に金文(青銅器の内側に鋳込まれた文字)の臨書をしたと言われています。これは60歳代の臨書。まだ金文の研究がされていなかったし、拓本を手に入れることが難しく、手本にしたのは印刷本です。だから、今見ることができる金文の趣きとはちょっと違いますね。

81歳 得鼎s.jpgこれは81歳の臨書です。線がまったく違ってきました。もしかして、梧竹は、金文の拓本を見る機会があって、印刷本を手本にしつつも、線が変っていったのかもしれません。

母戊方鼎s.jpgこれは「母戊方鼎」です。なんとなく、上の臨書と共通点を感じませんか? 青銅器が作られたのは今から3000年前ですから、まさに古代の文字。これこそ超短鋒筆で書かれたに違いないと、梧竹は確信した。違うかな。

そういえば、泰山刻石などの篆書も、短鋒のほうが書きやすいですね。

22日の徳島県での講演は、時間の都合でこれには触れませんが、当時の日本の書道界のこと、梧竹より10歳年下の日下部鳴鶴の筆法の再現などから始まり、梧竹の臨書と作品が、年を追うごとにどう変化して行ったかを、ビジュアルにご紹介したいと思っています。お近くの方はぜひ見にきてくださいね。

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