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比田井天来

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第22回 北海道遊歴 / 桑原翠邦

天来が遊歴中のエピソードはいろいろありますが、今回は昭和11年の北海道です。「たびかがみ・北海道の巻」(第56回)に、「昭和十一年の夏、わが背のかしま立たれし北海道へ、おのれは廿日ばかりおくれてたび立ちぬ。夫は遠く釧路根室までゆかれつ。」とありますが、小琴が到着する前の天来を語る、貴重な証言です。

第22回 北海道遊歴/桑原翠邦
左に立つのが桑原翠邦、右上は石田栖湖、右が比田井天来、一人おいて比田井小琴。

古い書道仲間、五十嵐如泥、小池国俊の両氏から聞いた話。両氏は共に国鉄マンで、後にはそれぞれ枢要な地位につかれた方達である。

昭和11年、先生北遊の時である。両氏は共に釧路在勤。先生の日程は終点の根室を先にして、釧路は通過ということだったらしい。時刻は午頃だったそうである。

如泥氏は先生の前遊昭和4年の時には、付きっきりでお世話した位のことだったから、もちろん先生のことはよく知っていたのであるが、一方の小池氏は先生にお会いしたことは、それまでには無かったらしい。五十嵐氏が勤務上の用件で、列車到着の時にホームに出られなかったということから、この話が始まる。

小池氏は、早速二等車の中をのぞき込んで天来先生らしい人を物色したが、それらしい様子の人が見当たらない。念のためにホームのあちこちを見渡したが、立ち食いのそばのところにきものの老人がそばをたべているだけで、これぞと思われる人が見当たらない。ハテと思い惑っているところへ五十嵐氏がやってきた。それらしい人がいないのだと小池氏。そんな筈は...と五十嵐氏、列車の中やらホームやら先生の姿を求めると、夏のことだが、袴の人が、着物の袖を肩までたくしあげて、立ち食いそばを食べているのを見かけた。

急いでそばへ行ってみると、正に先生だった。「天来先生ではありませんか」と声をかけると、先生は振り向かれて「ホッホッホッホ」と笑われたという。小池氏にしてみれば、天来先生といわれるほどの人が、ホームで立ち食いのそばを食べられるとは、思いもよらなかったわけである。

帰り道、先生が釧路に滞在の時は、どこでも同じ、書道の連中が毎日墨磨りに押しかけた。先生は磨らせた墨をビールや何かの空瓶に入れて、何本も旅館の井戸の中に吊るしておいて、なかなか揮毫にかかられない。そして夕方になると、「宴会をやりましょう」と若い人たちにまで全部お膳を出させてご馳走してくださったという。

揮毫の様子は、独り釧路に限ったことではないから割愛するが、ある時、町へ出ましょうというので小池氏がお伴をしたそうだ。先生は毛皮屋へ入って、店内を一瞥されたが、羆(ひぐま)の皮を指して「あれをください」という。いくら物の安い時といっても、熊の皮一枚の値段は相当高価なものだが、先生は懐から無造作に紙幣を取り出して、それを買われたという。「高い」「安い」でもなければ、「負けろ」でもない。鷹揚とも淡白とも簡単な先生の買いっぷりに、「なるほど、大人物というものはこういうものか」と、小池氏が感銘を深くしたという話。

実はここまで稿を起こして、もし聞き違い、記憶違いがあっても...と、北海道紋別市の五十嵐氏に電話を入れてみた。大体私が聞いた通りのことだったが、駅のホームの先生は、袴のももだちをとっていた...と氏の話である。こうなると、情景は一層躍如としてきて、話が生彩を増す。

電話の中に氏が付け加えて話してくれたこと。滞在中、先生は五十嵐氏に「この辺は必ず値が上がるから買っておくとよい。金は自分が貸してもいい」といわれたとのこと。その一帯は低湿で、雨が降ると水のつくようなところだったが、何十年後の今日、たいへんな土地になっていて、今さらのように先生の慧眼に驚いているとのことだった。

これからは書学院での話

自動車から降りられた先生が、おびただしい本を積んでこられて、それを玄関に下ろすと堆い山になった。当時売りたてなどの時に作られた「目録」または「もくろく」と表紙に書いた図録である。

「達磨を書いて欲しいと人に頼まれたのだが、その参考にしたいから、この中に達磨の絵がのっていたら、そこへ全部紙を挟んでおいてもらいたい」とのことだった。

天来記念館に、観音様をかかれ、心経の「羯諦羯諦」以下を題された先生の一軸が蔵されている。一見何でもないように人は見るかもしれないが、かげでどれだけのものを参考にしておられるか、右の達磨の一条から私は並々ならぬことだと推測している次第である。

何によらず、あくまで出典・根拠を正されるのが、先生一流の行き方なのである。

これも書学院での話。

同じく自動車の中から、何百本とも知れない筆の束をおろされたことがある。何処の、何という筆か、銘がなかったように記憶しているが、小筆で一本15銭くらいと先生はおっしゃった。

何かのことで先生が使ってみられると「中々調子のよいところがあり、たくさんの中にもっと具合のいいのがあるはずだと思って、あるだけ全部買ってきた」というお話だった。先生は何でもないことと思っておられたらしいが、ここら辺がいわゆる天来式というべきもので、私たち気の小さいものは完全に圧倒されてしまうのである。

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