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比田井天来

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第18回 乞食を応接間に通した話 / 高石峯

門人の証言

昭和43年に、長野県佐久教育会から発行された「近代書道開拓者 比田井天来・小琴」という本があります。天来と小琴の生涯を、いろいろな人の証言で綴ったもので、327ページのたいへんな労作です。 その中から抜粋して、ご紹介したいと思います。 最初は韓国人の篆刻家、高石峯です。

第18回 乞食を応接間に通した話/高石峯

昭和10年頃 左から高石峯、石田栖湖、大沢雅休、金子鴎亭、鈴木鳴鐸、鮫島看山、桑原翠邦。

ある日乞食が来て、先生にお会いしたいというんだね。白いよごれた着物を着、鈴をふってはだしではいってきた。書生が出て行って、五十銭玉をやって帰そうとしたら、金はいらない。先生に面会したいという。上野利友君が出て行って一円やって帰そうとしたが帰らない。おれが行ってなんとかして帰してやろうと、田中雄太郎氏が二円持っていってことわっても帰らない。二円が十円、百円でも金はいらない。天来先生にお会いしたいというので、とうとう先生に取り次いだ。

先生は、「そうか、応接間に通しなさい」と言われた。この応接間は、当時の総理大臣や各大臣も時折見える応接間ですよ。今この民主主義の世の中と言っても、乞食が会いたいと言ってきた時、誰が応接間へ通せという人がおりましょうか。今の人だってこのまねはできませんよ。

で、その応接間へはいって、先生は乞食と話をしているんだね。時々笑い声さえ聞こえてくるんです。しばらくして、先生は出てきて、何か書いたものをさがし、それを乞食にくれてやったようです。

乞食が帰ってから、先生が「乞食も会ってみるとなかなか得るところがあるね」と言ったんです。乞食も会ってみると得るところがあるというのは何のことだろうと思って、「先生、乞食から何か得るものがおありでしたか」とお聞きしました。先生は「君考えてごらんなさい」といって答えられない。不思議だ。何を乞食の話から得たんだろうとわたしは考え続けました。

そのときは7月でしたから、半年ばかりして1月元旦の朝、はっと気がつくことがあった。これだなと思った。先生のところへ年賀に行ったとき、「乞食から得たものというのは、これこれではありませんか」と申し上げたら、そうだ。君も今日までそれを考え続けたとはえらいね。一幅書いてやろうといわれ、そのとき書いてもらいました。

天来先生という方は、書もえらいが、人物が大きいし、偉い方ですよ。また先生は、わたしの知る限り、人に対しておこったことがありませんでした。何かまずいことがあると、それはいけません、それはいけませんといわれたが、それも普通の声でです。おこっても、叱っても、人間はなるようにしかならない、というのが、先生の考え方のようでした。天来先生という人は、実に悟った人でした。

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