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比田井天来

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第13回 天来膏と錬鍛術 / 豊道春海

書家の証言

戦後、日展における書道部門開設など、書の普及に大きな貢献をした豊道春海(1878〜1970)は、天来よりも6歳年下でした。「今後の書道界で第一人者になるのは誰でしょう」と聞かれた天来は「豊道春海」と答えたといいます。二人の交流を記した貴重な証言です。

第13回 天来膏と錬鍛術/豊道春海

昭和の初め、私は急に脳動脈硬化症にかかり、非常に苦しんだことがある。どこが原因か根本がわからずにいたところが、天来翁は天来膏を持参してくれた。

天来翁は、私の病気を知るとすぐに、見舞いにかけつけてくれた。内臓には別段異常はなかったけれども、ずいぶんと苦しんだ。この苦しみの様子を見て、さっそく代々木に引き返し、天下の妙薬と称して薬を持ってきてくれた。開いてみると「膏薬」である。これをはりつけると、あなたの病気には特効があるとのことである。行き届いた厚意には感謝したものである。包装紙からその中の包み紙まで、天来膏と印刷されている。そこで、これは君が僕の体にしがみついているようなものだと呵々一笑して感謝した。この天来膏の由来をうかがっておけばよかったのに、残念なことだった。とにかく漢方薬には経験があったようだ。

昭和5年頃の天来翁はすこぶる健康であった。小琴女史とともに、早起きされては、書学院の二階で錬鍛術と称する健康法をやっていた。この健康法は、徒手体操の合間に、時々号令とともに深呼吸をする方式のものであるが、これが健康法の秘訣だと、会う人ごとに話しておられた。単に個人に話しているだけならばよかったが、あるとき「主婦の友」の記者にこのことを話したところ、写真入の紹介記事になり、稿の終わりに天来先生のお話として「もし病気でお困りの方があれば、万病にきく錬鍛術を無料でお教えする」という文で結ばれていた。「主婦の友」の発売された翌日から、早くも見知らぬ人の訪問を受けたので、天来・小琴両先生は、ともにお茶やお菓子で接待し、得意になって要領を伝授してあげた。

日の過ぎるに従って大変なことになってきた。錬鍛術の無料教授の宣伝がききすぎて、とうとう自分の書の専門ができなくなったので、鎌倉に居を移す始末であった。年をとっても、つややかな肌を思わせる天来翁の面影は、錬鍛術の効果であったろうと思われる。

以上申し述べたように、天来膏についても、また錬鍛術についても、おわかりのように、非常に親切な一面があった。天来翁がもし今頃までご存命でご活躍であったならば、日本の書道界は、いまよりももっと変わったものに、大なる成長をしていただろうと思われる。翁逝いて24年、今も鎌倉に静かに眠れる霊位のご冥福をお祈り申し上げ、想いでの一つを記してこの稿の責を終わりたいと思う。現在の書道界と過去とを追懐して、実に痛惜の情にたえないものがある。嗚呼。

天来膏のことがかいてありますね。どんなのかなーと思っていたら発見。なんと、トクホンの前身だったのですね。

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