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比田井天来

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第7回 お食事は出したか? / 比田井抱琴

家族の証言

比田井抱琴(ゆり子)の手記の二回目です。比田井家のエピソードの後、日下部鳴鶴と天来との興味深い師弟関係がつづられています。

第7回 お食事は出したか?/ 比田井抱琴

父は人様にご馳走するのが大好きであった。この頃でも、お向こうの中島さん(中国の研究家、中島真雄氏未亡人、ご主人の没後、精進料理研究家として立っておられる)に会うと、(中島さんはひじょうにお世辞のない、おもしろい人である)よく父のうわさが出る。「あんたのお父さんは、人にご馳走することが好きで、皆さんにまずいものをたくさんご馳走してね」なんて笑われるが、父はありあわせのつまらないものでも、いらした方にたくさんご馳走するのが好きであった。

母は書の勉強があるし、人任せでこったお料理はとてもできないが、知人の方がどなたも気兼ねなく、「とびいり」といっては、茶の間の食堂へ来られた。ある時、末の妹がおなかがすいたというので、一緒に食事をしようと茶の間へ行ったところ、席がなかったので、妹を連れて新宿まで出かけたことがあった。途中で知人に会い、「どちらへ」といわれて、「食堂がこんでいるのでお食事に」と言ったら、「比田井さんのお家は電車のようね」と大笑いされてしまった。

父はガンで静養中、すでに末期に近く、東大のお医者さまに時々来ていただいていた。

父はもう意識ももうろうとしていたが、お医者さまがお帰りになってから、ふと目をさまし、「お医者さまにはお食事をお出ししたか」と聞いた。私が「お茶とお菓子とお食事と果物とコーヒーと」といったら、満足げにうなづいてまた眠りに入った。

自分ではもう食事をとる気力もなくなっているのに、お医者さまのお食事を心配していたかと思うと、私はなんだか父がかわいそうになってしまった。

父から、鳴鶴先生に入門したときの話を聞いたことがある。当時東京では鳴鶴、一六両先生が書道会の双峯であったそうである。両方の先生からお話をうかがったりして、懇意にしていただいたという。父は内心は鳴鶴先生に私淑していたが、両方の先生に親しくなるにつれ、今さらはっきり鳴鶴先生のお弟子になるのもなんとなく一六先生に悪いような気がして、入門の折がなかったという。そのような状態のとき、ちょうどある席で鳴鶴先生と父と父の友人と三人だけのことがあったそうである。雑談の合間に、父の友人が「比田井君は日下部先生のお弟子になるといい」と言ったところ、鳴鶴先生が即座に「僕もそう思う」と言われたので、そのときすぐに入門させていただいたという。

父は独学の方針であったが、決まった先生がないということは淋しかったといっていた。何か大きいよりどころが欲しかったのであろう。

父は鳴鶴先生のお弟子にはなっても、はじめ一回だけお手本を書いていただいたそうだが、それも習わず、また一度も添削していただいたこともなかったそうである。鳴鶴先生は父の性格を深く理解してくださって、ご自分の書風を強いず、父の独学を大きく見守ってくださった、偉大なる大先輩であられたと思う。

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