書学院の逸品 最終回
朝鮮書道精華
(2002年1月からは、別の連載が始まります)
比田井天来書題箋
昭和元年、天来は朝鮮に渡りました。そして古書店に積み上げられている書が優れているのに驚いて、大量に購入しました。斎藤実総督の厚意によって、学者、金敦熙の協力を得、編集したのが「朝鮮書道精華」(比田井天来編・昭和6年・書学院後援会発行)です。
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書学院の逸品 第十一回
比田井小琴の作品
今回は、「たびかがみ」の著者、比田井小琴の作品をご紹介しましょう。
条幅半切
筆草作品
書学院の逸品 第十回
比田井天来の作品2
前回に続いて、比田井天来作品をご紹介します。今回はすべて条幅です。
天来作品1
作品1
サイズは聯落です。のびのびとした強さを持っています。
天来作品2
作品2
スピード感あふれる作品。晩年の羊毛筆俯仰法、濃墨で書くと、こんなふうに線の中にところどころ白く抜けた部分が出ます。飛白(カスリ)と呼ばれます。
天来作品3
作品3
天来は昭和14年1月4日に67歳で他界しましたが、前年11月以降、静養の傍ら「天来老人」または「画沙老人」と署名した20数枚の額幅作品を特製ベッド上で揮毫しました。その中の一点です。
書学院の逸品 第九回
比田井天来の作品
アクセスカウンターも10000番を越えたし、そろそろ書学院にある比田井天来の作品をご紹介しましょう。といっても、大半は望月町天来記念館に寄贈してしまったので、10点ほどしか残っていません。
天来作品1
天来作品2
書学院の逸品 第八回
比田井天来が購入した「雲峰山全套」
比田井天来は、明治30年に上京し、日下部鳴鶴の門に入りました。当時、鳴鶴の門下は研究会を行っていました。ある時、鄭道昭がテーマとなりましたが、今のように印刷本もなく、手本が手に入りません。ちょうど不忍池のそばの古書店に「雲峰山全套」が出ました。
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書学院の逸品 第七回 比田井天来に届いた文化人の手紙3
斎藤実の書簡
比田井天来は大正15年、朝鮮へ行きましたが、古書店に積み上げてあった書籍の中に、優れた筆跡が多数あることに驚きました。そこでこれらを買い集め、さらに李王家の宝庫、博物館、個人の所蔵にいたるまで名品を撮影しました。この時に天来を助けたのが、当時朝鮮総督だった斎藤実です。
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書学院の逸品 第六回 比田井天来に届いた文化人の手紙2
嘉納治五郎の書簡
天来宛書簡、第二弾は嘉納治五郎です。柔道の殿堂、講道館を創設した嘉納治五郎と比田井天来は、どこに接点があったのでしょうか。
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書学院の逸品 第五回 比田井天来に届いた文化人の手紙1
犬養毅の書簡
大正七年、比田井天来は「書道館建設辞」を作りましたが、推薦者には、犬養毅を初めとする文化人が名を連ねています。天来が、書壇だけでなく、広い範囲の人々と交友があったことを裏付ける資料です。
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書学院の逸品 第四回 天来が古法を発見する端緒となった拓本
書学院本 雁塔聖教序(がんとうしょうぎょうじょ)
高さ17センチ、幅10センチほどの、小型の折帖です。ひじょうに精密な拓で「蝉翼拓」(蝉の羽のように軽く繊細)と呼ばれています。目を惹くのは、あちこちに金と朱で点が書かれていることですが、これこそ比田井天来と松田南溟が筆法を研究した痕跡なのです。
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書学院の逸品 第三回 木簡を精密復元した名著
西域出土漢晋簡牘(せいいきしゅつどかんしんかんとく)
二十世紀初頭、中国西域から漢代、晋代の木簡が発見されというニュースが世界を駆け巡りました。
新しい書法を模索していた天来は、フランスで発行されたコロタイプ本をさっそく購入し、研究に没頭します。
「木簡隷」と呼ばれる天来独自の書風は、こうして生まれたのです。
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書学院の逸品 第二回 青銅器銘文の拓本
墨皇帖(ぼっこうじょう)
みごとな青銅器拓本集です。それもそのはず、中国清朝の文人、呉大チョウがみずから拓本をとり、一枚一枚に跋文を書き、印を押し、敬愛する日本の友、日下部鳴鶴に贈ったものを、鳴鶴が帖に仕立てて墨皇帖と名づけました。
極めて精密な拓で、当時の文人たちの心温まる交流を物語っています。
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書学院の逸品 第一回 珍しい緑色の拓本
緑拓本「泰山金剛経」(たいざんこんごうきょう)
読み方 脩蘭含浄香、老樹多生意。
脩蘭(しゅうらん)浄香(じょうこう)を含(ふく)み、老樹(ろうじゅ)生意(せいい)多し。
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