レポート  − REPORT −

比田井南谷レポートレポート   vol.6 コーコラン美術館の『現代日本絵画展』(1964)

vol.6 コーコラン美術館の『現代日本絵画展』(1964)

1964(昭和39)年10月1日、アメリカ美術館の名門、ワシントンのコーコラン美術館で『現代日本絵画展』が開催された。コーコラン美術館は、1954年から世界各国の現代美術展を隔年ごとに開いてきた。カーネギー国際美術展、グッゲンハイム国際美術展と同じように、主催者自らが世界各国を回って出品作品を選び、単なる概観的な紹介ではなく批評的な観点からの展示を旨としている。このときの美術展では、コーコラン美術館副館長のリチャード・A・マディガンがキュレイターを務め、来日して18名の芸術家とその作品を選定した。画家として、前田常作・長谷川晶・今井俊満・因藤寿・磯部行久・伊藤隆康・久野真・元永定正・野村耕・高橋秀・富岡惣一郎・吉原治良(12名)、日本画家として大野俶嵩・下村良之助・水谷勇夫(3名)、前衛書家として、比田井南谷・岡部蒼風・森田子龍の三名である。 南谷の出品は「作品63―10」「作品63―11(右写真)」「作品63―19」、岡部蒼風は「結合」など、森田子龍は「龍」などである。 コーコラン美術館Corcoran Gallery of Artは、1874年、銀行家のウィリアム・ウィルソン・コーコランWilliam Wilson Corcoran のコレクションをもとに設立された私立美術館であった。1945年までのアメリカ絵画、シャルダンやピカソなどのヨーロッパ絵画、さらに1945年以降の現代絵画などのコレクションで知られる。2014年から、併設のカレッジはジョージ・ワシントン大学に譲渡され、そのコレクションはナショナル・ギャラリー・オブ・アートの管理となっている。 この1964年の『現代日本絵画展』について、ニューヨーク・タイムズ紙が論評記事を掲載した。

比田井南谷
岡部蒼風
森田子龍

The New York Times, 1964年 10月5日(月)

芸術:18人の抽象芸術家 「コーコラン美術館の印象的な『現代日本絵画展』」 ジョン・キャナディ(John Canady) ワシントン 10月4日 ワシントンのコーコラン美術館Corcoran Galleryの「現代日本絵画展」は、今日の世界で1国だけから集められた18名の芸術家による抽象芸術の展覧会として、強い印象を与えるものである。〔抽象芸術の〕この領域で、フランスの過去50年の伝統と並んでニューヨークが支配的な位置を占めると言うのは、行きすぎた意見である。 日本の抽象の力強さは、日本独自の力の結合に由来する。第一に、全世界の抽象芸術に共通する反抗と実験の精神がある。第二に、日本の伝統への、逆説に満ちた回帰を示す。この回帰は、西洋に対する反抗が実は古代日本の伝統の根本である諸原理に基づいてきたものであることに気づいて、彼らが日本本来の基盤に立ち戻ったことを示す。 西洋の抽象芸術家たちは、抽象芸術がいつの時代でも最高の芸術にその先駆者を見つけることができると全くうんざりするほど指摘してきたが、彼らはその点を乱用しなければならなかった。日本の芸術家たちは、最近驚いているらしいのだが、西洋の芸術家たちに張り合おうとする努力が、自分たちの美の伝統についてさらに豊かな認識に至ったという発見をしたのである。 もっとも明白な例は、書の形式的技法に対する流行である。ジャクスン・ポロックJackson Pollockの輪になり渦巻く糸のような絵具のもつれは、現代西洋芸術のうちに絢爛たる書的表現の強さを創造した。しかし、ポロックと彼の後継者たちには解放されたエネルギーを表現する技法だったものが、日本人にとっては何世紀にもわたって、視覚的記号(symbol)を哲学的思考と調和させるシステムであった。 書くこととして表れた日本の書の言葉(語)の記号(word-symbol)〔漢字〕は、文字の意味で読まれるものであると同時に、言葉が表す意義(内容)の抽象的表現ともなることができる。岡部蒼風のような現代日本の芸術家が「結合Union」の記号を表すデザインを紙の上に投げつけるとき、彼は、西洋人の眼にも、紙に出現したイメージがその記号の起源に常に存在する固有の形〔古代文字形〕に基づく観念を表す抽象的表現となるように、そうしているのである。この点が、彼を現代芸術家というよりむしろ、本質的に伝統的な芸術家としている。 コーコラン展覧会の三人の書家は、日本の芸術のこの分野での三つの局面を示すものとして選ばれた。岡部蒼風は上述した通り、あくまでも伝統に従った言葉-記号に忠実である。比田井南谷は自由に形を創りだす。それは、例えば、アメリカのマーク・トビーMark Tobeyが、日本の書については視覚的な美しさ以外には何も知らず、筆で紙をつついて自由に形を創りだしたのと同じである。この両極端の中間で、森田子龍は伝統的な言葉—記号から出発して、それらを思いのままに変形させる。 西洋人にとってこの種の日本絵画は、図柄(pattern)や筆の技として享受できるだけなので、その意味は半減してしまう。日本人(および中国人)がこういう形の抽象の優れた大家Masterであると信じながらも、それが父祖伝来の、だが絶えず生命力のある芸術形式の表現であるということを知ると、はたしてどれだけ、彼らの熟達ぶりに迫って読み取れるか、確信を持つことができない。 日本の抽象芸術がユーラシア〔欧亜、ヨーロッパとアジア、日本を除く〕のそれより遙かにしっかりしたものだと西洋人が気づいたとき、書以外の日本の抽象絵画でも、〔書と同じように〕伝統的表現に対する信念だとすぐ結びつけてしまう傾向がある。しかし、コーコラン美術館の展示作品を眼にして、〔伝統だけではない〕日本人の職人的技法の卓越さに直面すれば、その素晴らしさに何の疑問もない。 初期の日本の芸術は、創造作品にふさわしいものと美的基準によって目利きされた自然物の、風変わりな木片とか石とかの質感〔きめ、texture〕を重視していた。それはちょうど、西洋芸術が最近、彫刻や大学の材料の宝庫を求めて廃品回収所を発見したのと同様である。あるいは、マルセル・デュシャンMarcel Duchampが、少々変形して芸術として陳列し展示した機械製品に、「レディメイド〔既製品〕」を見出したのと同じである。 こうした奇抜な遠回りの方法によって、日本人は、非常に精妙な(しかし、しばしば不毛な)漆(うるし)といった技(わざ)の職人的技法を、昔からの自然の形状と質感に関する美的認識と結びつける生得の権利を再発見したのである。この結びつきの中で、二つの血筋〔自然物の質感を重視する系統と精妙な職人的技法の系統〕が、日本の抽象芸術にとって、たやすく西洋の抽象に反抗すべきだという、断固とした正当性を与えている。すなわち、それは、手段と目的とを取り違えるという全く安易なやり方である〔質感の認識や職人的技法の卓越さは目的ではなく手段であって、それによって日本特有の抽象だと正当化して、西洋の抽象に反対するのは、取り違えである〕。 コーコランの展示作品は、美術館の副館長、リチャード・A・マディガン Richard A. Madigan が日本で選んだものであって、日本芸術の多彩な有様を概観させるというより、主として今日の日本芸術の伝統的かつ現代的な特質を実証するために選ばれたものである。 日本大使館と東京の国際文化振興会の後援で、展覧会は最上の展示となっている。 ついでに言うと、ワシントン訪問者への注意として、コーコランが何で、どこにあるか、タクシードライバーが全く知らず、場所が見つからないということがあるかもしれない。というのは、コーコランがそこにはないというもっともな理由から。(最近まで、コーコランはその十分な説明をしていなかった。)ナショナル・ギャラリー・オブ・アートNational Gallery of Art(間違った場所ではない)の所で降りてしまうのでなく、ノースウェストの17番街とニューヨーク通りの角、そこがコーコラン美術館の場所である。 そして、フィリップス・コレクションPhillips Collection(21番街1600)とフリーア・ギャラリーFreer Gallery(サウスウェスト12番街のジェファーソン・ドライブ)が素晴らしいアメリカの美術館だと知らない人がいたら、コーコランの日本芸術展が11月29日に終了する前に、ワシントン旅行をするべきである。 その後、この展覧会は、サンフランシスコのデス・モイネス・アートセンターDes Moines Art Centerとデ・ヤング記念美術館M.H. de Young Memorial Museum、さらにニューオーリンズのアイザック・デルガド美術館Isaac Delgado Museum of Art〔現在はニューオーリンズ美術館内に所収〕とデトロイト美術館Detroit Institute of Artへ巡回する。 コーコラン美術館は月曜日が休館日である。
ページのトップへ戻る