筆2 伝統と改革(純羊毫先寄せ筆)
-
筆
- 伝統的な臨書用筆「学院法」が作られた頃、日本の書道界では新しい書表現が躍動し始めていました。既成概念にとらわれない自由奔放な表現、世界に通用する芸術としての書の追求によって、前衛的な墨象、大字書、近代詩文書、大字仮名などの新しいジャンルの書が誕生したのです。
さて戦後の書表現で、今までになかったもっとも大きな変化と言えば「滲みと掠れ」でしょう。当然この新しい表現を可能にする用具用材が必要となります。墨、紙については後にふれますが、まずは筆です。それが上田桑鳩先生の発案による純羊毫先寄せ筆暖心です。製作者は先代仿古堂主、井原思斉。もとより二人は書の師弟関係にありました。桑鳩先生は時折、熊野の仿古堂を訪れて稽古をされていたとの事です。そこで先寄せ羊毫筆の製作を依頼されたのです。しかし今でこそ当たり前の形状のこの種の筆は、戦後間もないこの頃、まだ存在していなかったのです。筆は短い毛から長い毛へと剛柔段を追って円錐形に組み合わせるべきもので、先を揃えたのでは円錐形にならず筆ではない。当然思斎は製作を拒否します。何度かの押問答の末ついに桑鳩先生「たのむから作ってくれ」と頭を下げたという事です。桑鳩先生がお稽古され宿泊されたその室へ私も泊めて頂き、社長御夫妻からうかがった「暖心」誕生の一幕です。
その後、昭和25年に手島右卿先生が久保田号で「墨吐龍」を、28年に「寿昌」を、さらに徳野大空先生が昭和三十年頃「玉品」「牛歩」を博文堂にて製作させ、空前の先寄せ羊毫筆ブームが演出されていったのです。書表現、線質が大きく変化していった事は申すまでもありません。
- 最終更新日:2014年11月13日