5月25日は、私の母、比田井小葩(しょうは)の命日でした。

今年はお墓参りに行けなかったので、作品をアップしたいと思います。

 

 

私は誰の字でもない 私の字が書きたい

心のどこかにあるものが 作品の中に感じられ
一見何でもないような それでいていつまでも 見あきないような
香りの高い字が書きたい

素朴な喜びや 暖かさがあふれた 字が書きたい
忘れられた幼なさを もう一度呼び戻し
悲しみや苦しみ なやみや怒りさえも 持っている
正直な字が書きたい

 

めずらしく「やすこ」というサインがあります。

技巧を嫌い、素朴なものを愛した小葩の心があふれています。

 

猫は よじのぼった ジャム入れの
てっぺんへ まず右の 前足から
要心ぶかく さて後足 で降りて
からっぽの 植木鉢 の穴へ入った
(ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ)

 

まるでそこに小さい猫が見えるよう。

私が高校生だったときの作品で、弟と私が大好きでした。

高校のときの先生が気に入ってくださり、差し上げました。

先生は亡くなり、今は奥様が大切に飾ってくださっています。

以前、展覧会のために拝借したら、「必ず返してくださいね」と念をおされました。

 

もくせいがにほふよ。
となりからにほふよ。
ひとりでゐればにほふよ。
たかむらにこもるよ。
月の光がみちたよ。(北原白秋「もくせい」)

 

何を急いで生きているの?

立ち止まってごらん。

もくせいのにおいに包まれているじゃない。

 

なんというおおらかさでしょう。

 

あ、あめだな あめのこどもだな(北原白秋)

 

あどけない表情で、雨粒を見ているのは、きっと小さな女の子。

 

うるわしきをうつくしむ
この日 このこころこそ こひし

 

ぽつん、ぽつんと生まれてくる文字、そしてことば。

最後に残ったのは、光にあふれた世界。

 

 

1970(昭和45)年5月、小葩は、日本橋三越で開催された比田井天来生誕百年展のレセプション会場で倒れ、帰らぬ人となりました。

翌日、当時の皇太子妃殿下美智子様から、芍薬の花束を賜ります。

 

ぜんまいののの字ばかりの寂光土 川端茅舎の句

(1965年の作品)

 

花束の御礼として、皇太子妃殿下に献上したのがこの作品です。

これを選んだ夫、南谷の心が伝わってくるようです。

 

 

1997(平成9)年4 月に、ロンドンのオークションハウス、クリスティーズ(Christie's)に、横山大観や森田子龍と並んで、作者不明の作品がオークションに出されました。

無款で、二曲屏風に表具された作品です。

右側に「小さな碧い蝶が・・・」左側に「地面に近く・・・」で始まる詩文が、墨の心地よい濃淡のリズムで表されています。

 

「小径会」に出品された小葩の作品です。

この作品が、落札されたのか、誰が落札したのか、今も不明のままです。

 

比田井小葩のホームページはこちら

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