今回は輪島が生んだ国宝級の沈金師の作品をご紹介します。萩と赤とんぼを描いた硯箱です。作者は以前、ご覧いただいた2点の宝石箱を使った作家でもあります。

萩は茎と葉は点彫り(ノミで表面に小さな穴を彫る)、花は線彫りです。また、赤とんぼの目と羽根は竹の先端を加工したヘラを使って傷を付け、其々その上に金や銀、その他の金属粉を刷り込み表現しています。

萩は花を前面に出し、葉はよく見ると金色、銀色、銅色、廃銀色と四色の葉を使い分けることで其々の深度に変化をもたせ、奥行き感を出しています。

赤とんぼは萩の葉よりも前面に出し、羽根は掠れるように表現することで透明感を演出。そうすることで、萩の花と葉の空間を舞っているように見せています。

正に「輪島塗りで絵を描いた」ような作品です。美術館に陳列されるくらいの逸品だと思います。

ちなみに、輪島塗りの沈金の歴史は江戸時代の享保年間に遡ります。越後から伝わった技術を大工用のノミの刃先を尖磨して塗物に彫刻したのが始まりといわれています。
彫刻しただけのものから始まり、金や銀、それ以外の金属粉を使ったものに進化。表現出来得る色彩領域を飛躍的に拡大してきました。この作家はそうした技法の功労者です。

生憎、私には書を嗜む趣味はありません。ただ、この硯箱を見て、季節毎にその季節に合った硯箱を使えたら素敵なのでは?と思い、皆様にご覧いただきました次第です。