鈴虫は鳴き声が魅力です。とても涼しげに鳴きます。古くは平安時代から貴族たちに竹籠に入れられ飼育されてきました。江戸時代になると人工飼育が始まり庶民の間でも飼育が広まったそうです。

作品は鈴虫が棗の蓋の角に描かれています。羽根の部分には螺鈿を貼り、羽根の模様を金で描いています。模様と模様の間は1mm前後と微細。また、本体の下側には草と露が描かれています(草と露がないものもと2種類あり)。
羽根や髭の細かな描写は正に名人芸。これ程、繊細な線を一筆で描ける蒔絵師は見たことがありません。

私も虫が好きで鈴虫を飼い動きを観察したことがあります。鈴虫の一本一本の足の角度。髭の左右の角度の微妙な違いがまるで今にも動き出しそうです。鈴虫が生きているように見える、見えないのリアルさはそんな部分の描き方なのかも知れません。この作者もきっと鈴虫が好きで実際に飼って観察していたのだと思います。

子供の頃、父にこの作者の家に連れられて行ったことがあります。輪島の朝市通りの入口でした。小柄な優しそうな方だったのを憶えています。「彼は子供の頃から虫や花が好きでよく絵を描いていた」と父から聞き。それがそのまま蒔絵師になり自分の好きな虫や花を描いているのだと。
そう聞いて、子供乍らに羨ましく思ったことを憶えています。正に『天職三昧』ですね。