輪島塗りは複数ある工程を分業して作品を作ります。他産地では木地(木を刳り貫いたり、木辺を合わせたりして作るベース)と蒔絵等の絵師以外は1人の職人が作るケースが多いと思います。

それに対し輪島塗りは工程を分業。木地を作る指物師からはじまり下地、研ぎ、中塗り、研ぎ、上塗り、呂色(磨き・艶出し)と漆を塗り重ね、研ぎ上げる工程毎に専門の職人がいます。子供の頃、町内には指物、下地、中塗り、上塗り、蒔絵等の職人がいて気の合う者同志が同じ町内で作品を作っていましたのを憶えています。母は研ぎ師でした。

母が塗物を研ぎ、絵師に蒔絵を描いてもらった作品が実家に残っていました。今回は棗と香合です。棗には椿が描かれています。これは輪島塗りにはよくあるデザインですが、椿の花が生き生きしている点が凄いと思います。

香合の蓋には漆黒の中で鈴虫が描かれています。長い髭が左右に放物線を描き広がっています。安い絵だとそれを金で描くところを敢えて漆黒で、かつ精細に描くところは只者ではなさそうです。勿論、筆も最高のものを使ったのが分かります。
聞くと絵師は父の同級生で父もその方の絵が一番好きだった。輪島では名人と呼ばれる絵師とのこと。彼が輪島ではなく金沢で蒔絵師(加賀蒔絵)だったら「人間国宝」候補になっていたとか。

ただ、蒔絵師の人間国宝は松田権六をはじめいずれも加賀蒔絵から輩出。輪島からは出ていません。一方で沈金の人間国宝の歴代3氏はいずれも輪島塗りからとそれには何らかの了解があるのかも知れません。