第24回 オタモイの船遊び 宇野静山

オタモイs.jpg
比田井天来の妻、小琴は「たびかがみ」という旅日記を残しました。その中に昭和11年の北海道旅行の際、オタモイへ行ったという記録があります。(たびかがみ70回から78回までと88回
今回ご紹介するのは、招待者側の貴重な証言です。

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第23回 天来先生のおもかげ 上條信山

鳳飛来臨s.jpg上條信山の「信山」は、「信州の山」天来の命名です。 後に宮島詠士に師事しましたが、初めて上京して天来に会い、アドバイスによって自分の方向を決定したことが綴られています。

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第22回  北海道遊歴 桑原翠邦

第一回大日本書道院展s.jpg
天来が遊歴中のエピソードはいろいろありますが、今回は昭和11年の北海道です。「たびかがみ・北海道の巻」56)に、「昭和十一年の夏、わが背のかしま立たれし北海道へ、おのれは廿日ばかりおくれてたび立ちぬ。夫は遠く釧路根室までゆかれつ。」とありますが、小琴が到着する前の天来を語る、貴重な証言です。

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第21回 不教の教え 上田桑鳩

桑鳩s.jpg 天来はずっと弟子をとりませんでしたが、晩年、全国から優秀な青年を呼び寄せました。
最初の弟子は上田桑鳩で、昭和4年から比田井家の敷地内の家に住み、勉強しました。今回は、戦後、独創的な仕事をした桑鳩に対する天来の教育法です。

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第20回 絹の着物を着なかった話⑵ 高石峯

小琴 高s.jpg高石峯は韓国に帰国してから、天来先生の方へ足を向けては眠れない、と語ったと言います。天来のそばで、ひたむきに生きたさまがうかがえます。

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第19回 絹の着物を着なかった話(1) 高石峯

高石峯 手島 桑原s.jpg
高石峯第二回は、昭和42年8月、長野県望月高等学校で、生徒のために講演をした速記の抜粋です。

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第18回 乞食を応接間に通した話 高石峯

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昭和43年に、長野県佐久教育会から発行された「近代書道開拓者 比田井天来・小琴」という本があります。天来と小琴の生涯を、いろいろな人の証言で綴ったもので、327ページのたいへんな労作です。
その中から抜粋して、ご紹介したいと思います。
最初は韓国人の篆刻家、高石峯です。

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第17回 君子は豹変する 田中一誠

大日本書道院展s.jpg
田中一誠氏の最終回、写真は大日本書道院展での集合写真です。
比田井天来をたたえるのではなく、実際に経験したことを素直に書いてくださっていて、伝えられている事跡が実際はどうだったのか、よくわかります。

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第16回 天来先生のかくし芸 田中一誠

木に登った天来s.jpg
天来は書の常識的な価値観に満足せず、常に新たな世界を開拓し続けましたが、日常生活でも人を驚かせることが好きだったようです。天来のとっておきの「かくし芸」とは何だったのでしょう。

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第15回 傍若無人の境地 田中一誠

正統庵s.jpg

田中一誠氏の手記、第二回をお送りします。
天来は大正2年に新しい筆法を発見し、5年から2年余、建長寺境内の正統庵に住んで研究に没頭しました。これはその当時の様子を物語る貴重な証言です。

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