2010年2月 9日
第24回 オタモイの船遊び 宇野静山
比田井天来の妻、小琴は「たびかがみ」という旅日記を残しました。その中に昭和11年の北海道旅行の際、オタモイへ行ったという記録があります。(たびかがみの70回から78回までと88回)
今回ご紹介するのは、招待者側の貴重な証言です。
今回ご紹介するのは、招待者側の貴重な証言です。
2009年12月15日
第23回 天来先生のおもかげ 上條信山
上條信山の「信山」は、「信州の山」天来の命名です。
後に宮島詠士に師事しましたが、初めて上京して天来に会い、アドバイスによって自分の方向を決定したことが綴られています。2009年11月 6日
第22回 北海道遊歴 桑原翠邦
2009年9月15日
第21回 不教の教え 上田桑鳩
天来はずっと弟子をとりませんでしたが、晩年、全国から優秀な青年を呼び寄せました。最初の弟子は上田桑鳩で、昭和4年から比田井家の敷地内の家に住み、勉強しました。今回は、戦後、独創的な仕事をした桑鳩に対する天来の教育法です。
2009年8月25日
第20回 絹の着物を着なかった話⑵ 高石峯
2009年7月28日
第19回 絹の着物を着なかった話(1) 高石峯
2009年7月 6日
第18回 乞食を応接間に通した話 高石峯
昭和43年に、長野県佐久教育会から発行された「近代書道開拓者 比田井天来・小琴」という本があります。天来と小琴の生涯を、いろいろな人の証言で綴ったもので、327ページのたいへんな労作です。
その中から抜粋して、ご紹介したいと思います。
最初は韓国人の篆刻家、高石峯です。
その中から抜粋して、ご紹介したいと思います。
最初は韓国人の篆刻家、高石峯です。
2009年6月23日
第17回 君子は豹変する 田中一誠
田中一誠氏の最終回、写真は大日本書道院展での集合写真です。
比田井天来をたたえるのではなく、実際に経験したことを素直に書いてくださっていて、伝えられている事跡が実際はどうだったのか、よくわかります。
比田井天来をたたえるのではなく、実際に経験したことを素直に書いてくださっていて、伝えられている事跡が実際はどうだったのか、よくわかります。
2009年6月 5日
第16回 天来先生のかくし芸 田中一誠
天来は書の常識的な価値観に満足せず、常に新たな世界を開拓し続けましたが、日常生活でも人を驚かせることが好きだったようです。天来のとっておきの「かくし芸」とは何だったのでしょう。
2009年5月21日
第15回 傍若無人の境地 田中一誠
田中一誠氏の手記、第二回をお送りします。
天来は大正2年に新しい筆法を発見し、5年から2年余、建長寺境内の正統庵に住んで研究に没頭しました。これはその当時の様子を物語る貴重な証言です。

