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ブログ 書人と書

明治時代

松田南溟

松田南溟(1860・万延元年~1929・昭和4年)は三重・鳥羽藩士松田一郎の長男として生まれた。名は舒。南溟はその号である。家は代々鳥羽藩の →続きを読む

2019年5月10日

川谷尚亭(3)

掲載の集合写真は、書道講習会の第一日目終了後に開かれた「講師、助手歓迎会」の記念写真である。昭和4年8月2日の夜である。この写真に写っている →続きを読む

2018年9月5日

川谷尚亭(2)

川谷尚亭は大正13年、大阪に移り、6月に甲子書道会より雑誌『書之研究』を発刊した。甲子は大正13年の干支であり「甲子園」開設の年である。尚亭 →続きを読む

2018年8月8日

川谷尚亭(1)

川谷尚亭(明治19年・1886~昭和8年・1933)は高知県安芸郡川北村横山に生まれた。本名は賢三郎、字は大道、号は尚亭。別号に白雲、横山逸 →続きを読む

2018年8月2日

渡邊沙鷗(3)

私が最初に石田栖湖先生にお会いしたのは、昭和45、6年頃だったと記憶している。はっきりしていないのだ。実に嘆かわしい話だ。石田先生が戦後再上 →続きを読む

2018年4月18日

渡邊沙鷗(2)

渡邊沙鷗(1863~1916)は、明治23年上京後すぐ日下部鳴鶴(1838~1922)を訪ね、入門した。当時、鳴鶴は日本書道界の泰斗として名 →続きを読む

2018年2月15日

渡邊沙鷗(1)

渡邊沙鷗を連載で紹介。近藤雪竹、丹羽海鶴、比田井天来と共に、日下部鳴鶴門下の四天王の一人と称されている。

2017年12月28日

日下部鳴鶴(3)

日下部鳴鶴朱筆書き込み本『段氏述筆法(だんしじゅつひっぽう)』について、少し述べてみる。 清の段玉裁(雍正13・1735~嘉慶20・1815 →続きを読む

2017年7月12日

日下部鳴鶴(2)

楊守敬の項にも書いたが、明治13年4月に来日した楊守敬を、日下部鳴鶴、巌谷一六、松田雪柯が訪問している。松田雪柯の日記により、7月17日に訪 →続きを読む

2017年5月25日

日下部鳴鶴 (1)

日下部鳴鶴(天保9年・1838~大正11年・1922)は彦根藩士・田中総右衛門の第2子として江戸の藩邸で生まれた。幼名は八十八(やそはち)、 →続きを読む

2017年4月3日
天来書院