2014年8月 9日

書を学ぶための書物(7)──いろいろな分野の辞典・事典

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書道辞典・事典や解説書を読んでも、多くの場合その記述を十分に理解するのはなかなか困難です。

辞典・事典を読むには往々にして辞典・事典が必要なのです。そこで、書道辞典・事典を読むために必要な辞典・事典、という視点で本を選んでみました。書の歴史を他の分野と突き合わせながら学ぶことは、書をより豊かなものとして捉え直すことにもつながるのではないかと思います。中国関連、東洋史関連の辞典・事典はさまざまに刊行されていますが、網羅的に把握するのは私の手に余るので、読んで面白いものを中心に挙げました。
辞典・事典出版の近年の傾向として、旧来の用語解説的な小項目辞典より、全体像をつかむための文脈や事項ごとの連関を重視した事典類が編まれることが多いようです。

◎歴史一般
●岸本美緒ほか編『歴史学事典』(弘文堂)
全15巻。中国だけでなく、ヨーロッパやアジア、アメリカ・イスラム世界などの歴史事項を収録した大事典。巻ごとは50音順に配列されていますが、巻構成がユニークで、時代区分などではなく、テーマ主義を採用しています。第1巻「交換と消費」、第2巻「からだとくらし」…といった具合です。ランダムに読み進めていくと思わぬ項目にぶつかって楽しめます。書関連では、第11巻「学問と宗教」が有用です。書き手の立場がはっきりと表明されているのも貴重です。

●『アジア歴史事典』(平凡社)
全12巻。アジアを主題にした一種の百科事典です。書に関連する文物や文化史にも多くの項目が設定されていますが、刊行からやや時間が経っており、新発見・新出土などの資料にはやや弱いのが残念。基礎的な知識を得るためには役に立ちます。

◎制度など
●日中民族科学研究所編『中国歴代職官辞典』(国書刊行会)
書人の伝記に羅列してある「…に○○の官に就いた」という官僚としての履歴はそれがどのようなものであったか、なかなか理解し難いものです。時代によって同じ官職でも内容が異なります。本書は約1400の官職名に簡潔な解説をつけたもの。官職についての大雑把なイメージを掴むにはよいかもしれません。

●和田英松『官職要解』(講談社学術文庫)
唐の律令制度を参考にした古代日本の官職制度もまた理解しにくいものですが、書や文学、歴史を理解するためには重要な側面です。時代順に制度の変遷と主な官職の解説をした小辞典。

●笠原英彦『歴代天皇総覧』(中公新書)
神武天皇から昭和天皇までの124代と北朝5代の天皇の生涯と事績を時代順に解説。政治的な側面が中心で、書や歌などの文化面での功績の記述がやや物足りないものの、コンパクトで重宝します。

◎美術史・書誌学など
●京都府文化財保護基金編『文化財用語辞典』(第一法規)
日本の文化財に関する語彙を解説したもの。文化財用語、というとなじみがないかもしれませんが、「日本文化史・美術史用語小辞典」として読むことができます。書についての語彙はやや不十分に感じられるものの、染色や建築や工芸などの分野の用語を引くときに役に立ちます。

●坂出祥伸『中国古典を読む はじめの一歩』(集広舎)
中国書道史を理解するためには、中国の古典籍への理解が欠かせません。そのために漢文訓読はもちろん必要なのですが、それ以外の中国の書物の細々とした決まりごと──反切、目録学、避諱といった体系化されにくい知識を集めた入門書。「中国古典をより深く理解するために」はいわゆる工具書についての基礎知識が紹介されています。

●川瀬一馬『日本書誌学用語辞典』(雄松堂)
書とも密接な関係がある学問・日本の書誌学のコンパクトな用語辞典です。古筆の装幀方法や表具用語がわかりやすく解説されています。

●長沢規矩也『図書学事典』(三省堂)
中国の書物についてはこの事典が最も基本的な入り口です。新書版。お勧めです。

◎文化・思想
●孟慶遠主編『中国歴史文化事典』(新潮社)
中国の歴史上の人名や主な出来事、制度などについての簡潔で手軽な事典です。ただ、分野によっては記述の水準が揃っていないきらいもあるため、他の事典類でも確認した方がいいでしょう。
本格的なものとしては、近藤春雄『中国学芸大事典』(大修館書店)は、11500項目の見出し語収録。20年以上の編集期間を経て近年出版され話題になった収録項目7000余、執筆者500人の規模を誇る『中国文化史大事典』(編集代表尾崎雄二郎・竺沙雅章・戸川芳郎  大修館書店)などがあります。また諸橋轍次『大漢和辞典』(大修館書店)は定番です。字義についてはもちろん、用語事典としても役に立ちます。

●溝口雄三ほか編『中国思想文化事典』(東京大学出版会)
「宇宙・人倫」「政治・社会」「宗教・民族」「学問」「芸術」「科学」の大分類にそって中国思想史の66の基本的な概念について解説したもの。「芸術」には詩・文・楽・書画・小説が含まれ、中国書画論を理解するためには、思想史的な意味内容の変遷の理解が必要です。
拾い読みをしていると、思想史の概念のすべてが何らかの形で書と関連づけて考えることができるのではないかと実感されます。その意味でじっくり読むと参考になります。項目末の参考文献もよく整理されています。

古賀弘幸
書と文字文化をフィールドにするフリー編集者。
http://www.t3.rim.or.jp/~gorge/
http://blog.livedoor.jp/gorge_analogue/

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