2014年5月 9日

書を学ぶための書物(4)──中国書道史を立体的に理解する

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今回は、書道辞典類や書道史年表といった書物だけでは得られない、書の歴史を他の分野と突き合わせながら、いわば立体的に見るための書物を紹介します。書道史を解説したものばかりではありませんが、まずは漢字文化や文化を幅広く概観ができるようなものを中心に選んでみました。
●漢字
漢字に関する字義や字形の確認といった個々の知識はもちろん重要です。加えて、漢字の体系はさまざまな分野と関連しつつ、豊かで奥深い世界を蔵しています。それが書と強い関係を持っていることはもちろん、「中国」を理解するためにも必須です。漢字文化に関する書物は山のようにある中で、書の理解に役立ちそうなものを私なりに選んでみると…

◎阿辻哲次・一海知義・森博達編『漢字の知識百科』(三省堂 2002)
いわゆる漢和辞典ではなく、百科事典的に漢字についての歴史や知識、用法や語例などを「百科編」「語彙編」の二部構成でまとめたもの。前半の「百科編」は起源・歴史・成り立ち・書体・字体・書写材料・日本語との関係・漢文の読み方・漢詩の知識などから構成されており、基本的な知識が広く得られます。「語彙編」は漢字をどう使うか、に焦点が当てられ、漢字と字形・用法・対義語などの語例、故事成語などを集めた小百科からなっています。特に「百科編」は漢字書を書くならばこのくらいの知識は押さえていた方がいいという知識が要領よくまとめられています。コラムも充実。
「百科編」に当たる内容を図版とともに、歴史的に説いた阿辻哲次『図説漢字の歴史』(大修館書店 1989)もあります。

◎前田富祺・阿辻哲次編集『漢字キーワード事典』(朝倉書店 2009)
60人以上の執筆者によって、漢字文化に関する語彙や概念約450項目を漢字と日本語・人名・書名・音韻・実用・文物・書道・印刷電脳などの12の分野に分けて解説したもの。書道の語彙が充実していないのと、図版が少なく横組であるのがやや違和感を感じさせますが、この事典にしか簡略な定義がない語彙もあります。コンピュータ文化との関連で文字コードなどにも触れられ、漢字文化全体への目配りがされています。配列は50音順。

◎白川静『漢字百話』(中公文庫 2009)
甲骨文による漢字の原義の体系的な解明とそれによる中国古代社会の再構成が、白川静の中心的な業績だと思いますが、この入門書では甲骨や金文の原義にとどまらず、漢字が社会で果たしてきた機能、日本語に与えた影響、戦後日本の漢字政策への批判などにも頁が割かれています。

●中国史
中国史の入門的な書物も膨大にあるわけですが、これも私なりの紹介に過ぎませんが文化史・美術史関連のごく一部を。

◎アン・パールダン『中国皇帝歴代誌』(創元社 2000)
本書は歴代の中国皇帝の事績と当時の政治・文化的な思潮を関連させて時代順に記述したもの。中国皇帝の治世の変化や時にはその嗜好によって、しばしば書道史の流れが変わったり、質的な変化をすることがあります。唐太宗の王羲之愛好や清朝皇帝の漢人弾圧などが書道史に大きな影響を与えたことは周知でしょう。

◎稲畑耕一郎監修『図説中国文明史』全10巻(創元社 2006)
最新の学問の成果を取り入れて、できるだけ巨視的・複合的な視点で描こうとする壮大なシリーズです。近年中国史関連では、世界史の中で中国史を捉えようとする新版『中国の歴史』(講談社)などが刊行されていますが、『図説中国文明史』は新出土の考古資料などを使って、従来の政治史や王朝の抗争史ではなく、文明の変化と更新の視点から描かれており、書道史の理解にも大きく影響すると思います。

◎『中国美術年表』(芸心社 1983)
年表を眺めていて、思わぬ人物が同じ時代に生きた人だったことの発見は楽しいものです。この年表は、絵画や彫刻、建築、そして書道の遺品を年代順に配列したものですが、便利なのは、「中国遺跡史跡地図」のページがあることで、中国書道史の地理的な広がりが実感できます。

◎古田真一・山名伸生・木島史雄編『中国の美術』(昭和堂 2003)
中国美術史の通史ではなく、いわばトピック的に中国美術へと接近する複数の切り口を示した論考から構成されています。二部構成で、前半の「見かた」では、代表的な作品を軸にして中国美術を支え文化的な様々な視点が示されます。後半の「考え方」では「論」として示されるテキストに焦点を当てます。
書関係では「永遠を願う文字─開通褒斜道刻石」「書の本流─王羲之・孫過庭・米フツ」「楷書の極則─九成宮醴泉銘」「行書・草書 個性の展開─蘇軾・黄庭堅・祝允明」「書論の発生と展開」などの論文があります。
概論で山名伸生は
……歴代の書家や画人を評価するのに、しばしば「神」「妙」「能」に加えて、「奇」「逸」「怪」といった言葉が用いられるのは、典型と独創、伝統と革新ひいては倫理道徳や政治の巨大な圧力と個人の関係が、中国美術の一大テーマであることを端的に示していよう
としています。
こうした見方は中国書道史をそれ自体単独で自立した体系として発展してきたと考えるのではなく、いろいろな分野と付き合わせて理解されるべきだということも意味しているのではないでしょうか。

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