2014年3月 8日

書の辞典・事典(2)

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どんな分野でもそうだと思いますが、書道でも辞典・事典類を複数を使い分けて知識をいろいろな切り口から見ることが重要です。

ひとつの作品や人物にいろいろなアプローチの方法があるというだけでなく、編者の立場や時代ごとの研究の水準、学問の潮流といったさまざまな条件のなかで定義や評価は変わりうるからです。

今回は国ごとの書道史に関する辞典類について。

辞典類を使うときに、知識の正確さやどれだけ網羅的か、といった評価のほかに、読者にとってはその辞典の「語り口」が重要です。個人編集の辞典類は編著者の個性や歴史観・書道観を強く反映します。それによってその辞典に対する信頼感、使いやすさや親しみが変わってくるのは当然でしょう。中国書道辞典にも個人編集のものがいくつかあります。

●中西慶爾編『中国書道辞典』(木耳社 1981)
書道史家の中西慶爾氏が個人で編んだ中国書道史についての辞典です。小項目主義で50音順、6392項目、約1200ページ。序文には、着手してから40年余にして完成したとあります。大変な資料収集と知識量で著者の勉励と苦労が忍ばれますが、「卑近で具体的な、解りよい言葉で書を語り、書がいかなる環境と状態のうちに製作されるものであるかを素直に体験する」ために書かれたと記されているとおり、本文の記述はいたって読みやすく、その文体は著者の体臭がにじみ出ていて、読み物としても読むことができます。刊行からやや時間がたっていることもあって、現在となっては新出土の資料などに不足を感じる部分もありますが、この分野では最も使いやすく、信頼できる辞典です。増補した新版が出版されています。

●西林昭一著『中国書道文化辞典』(柳原出版 2009)
これも西林昭一氏の個人編集によるもの。小項目主義で50音順、約7000項目、約1100ページ。なんといっても「新出土の資料が書の歴史を書き換える」という考えのもとに著者自身が研究に注力してきた1980年代以降の新資料が充実していることが挙げられます。また特徴としては書論書をかなり多く項目化していることで、これだけでも類書にない利点を持っています。各項目の連関や立項しにくい用語、書道史のエピソードなどはコラム化されていて、これだけ通読しても楽しめるでしょう。書の技術や美学用語などは「術語」として巻末にまとめられています。

●比田井南谷『中国書道史事典』(雄山閣 1987)
これは50音順の辞典ではなく、殷代から清末に至る書道史に沿った読み物事典といった構成になっています。項目ははっきりと見出し化されていませんが、索引項目は約2200、340ページ。記述には著者の生きいきした眼差しが一貫して感じられ、類書にはないものとなっています。あとがきには、交流があったアメリカの画家たちに中国書道史を解説することを通じて構想されたとあります。「芸術としての書」への視点が明確で、何より難解な用語が徹底的に平易な言葉に直され、読んでいても楽しめます。中国書道史の入門者にとっては非常に有用な「読む事典」です。普及版が天来書院から出版されています。 

●鈴木洋保・弓野隆之・菅野智明編『中国書人名鑑』(二玄社 2007)
中国書道史の重要人物296人を簡潔に解説した人名辞典。約300ページ。人物についての基本的な情報を確認するときに便利。書論、金石学といった書道史の重要用語についてもページが割かれています。

●小松茂美編『日本書道辞典』(二玄社 1987)
東京国立博物館で書跡室長を長年務め、日本書道史研究の第一人者として知られた編者の日本書道史をテーマとした辞典。約50人による分担執筆ですが、特定の分野の専門辞典を超えて「人文科学における基本図書」たらんという編者の強い意欲を感じることができます。小項目主義で50音順、約2600項目、約550ページ。項目によっては物足りない記述もありますが、書誌学関連の語彙も多く取られるなど、重宝します。

●春名好重編著『古筆辞典』(淡交社 1985)
小項目主義で50音順、約2200項目、約550ページ。春名氏によるより大部の『古筆大辞典』をもとに解説を簡略化して編集されたもの。重要な古筆の内容や来歴を解説した「古筆辞典」ではありますが、日本書道史の基本的な項目は取られており、日本書道辞典といってもいいものです。編著者の個人執筆によるもので、やはり一貫した姿勢で貫かれています。

このほか特定の編集方針によって作られたものとして、

●平瀬雨邨・森高雲『書法用語辞典』(西東書房 2011)
以前にこの欄で紹介したことがありますが、人名や書作品ではなく、中国の書論などで使われる書の技法や表現についての書法用語をテーマにしたユニークな辞典。50音順、約2000項目、約320ページ。配列は50音ですが「運筆」などの分野別に用語がカテゴライズされ、別の視点から引ける編集方針が特徴的です。

●藤原宏・加藤達成・氷田作治・堀江知彦編『書写・書道用語辞典』(第一法規 1978)
書道教育関連の語彙にテーマを当てた小辞典。人名や書道史用語も含まれており、書道教育の現場では便利でしょう。教育現場で使われる機器など今となっては古くなってしまった語彙もありますが、書道教育史を考える際には重要です。

●天来書院編『筆墨硯紙事典』(天来書院 2009)
古美術・骨董趣味的な観点から解説されることの多かった文房四宝の「使いかた」「選びかた」に焦点を当てた小事典。索引項目約450、約200ページ。

このほかにも
●石川九楊・加藤堆繋『書家101』(新書館 2001)
●加藤僖一編『良寛事典』(新潟日報事業社 1993)
●小峰彌彦編著『空海読み解き事典』(柏書房 2014)

などがあります。次回は書道の隣接分野の辞典類を紹介します。

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