2008年12月 6日
HONDA F1レースから撤退で思い出したこと
日本での最初のF1世界選手権レース、それは1976年富士スピードウェイで開催された。(それより以前、デモンストレーション的な開催が鈴鹿サーキットで開かれたと記憶しているが)。第2回のF1グランプリも富士スピードウェイだった。僕は当時、煙草メーカーのマルボロから依頼の仕事をしていて、レースのスチル写真を撮っていました。
スタート時、グランドスタンド前の直線が見える第1コーナーにいた。直線の終わり300km/hから100km/h位までスピードダウンするところだ。第一コーナーへの進入競り合いで接触するマシンが宙に舞うのが見えた。1台のレーシングカーは、僕たちカメラマンの頭上を飛び越えていった。この時、カメラマンしか入れないところに、観客もいた。マシンは奇跡的に平行に着地し、ドライバーはなんとも無かったようにシートから降りるのが見えた。
僕は何も起きなくてヨカッタと思い、次の撮影ポイントに向かった・・・・。レースが終わってはじめて知ったが、この時、マシンに接触した観客が2名死亡、そんな事も要因になって、翌年からは富士スピードウェイでのF1開催は中止になった。ホンダはこの時期、1960年代末に起こした、マシントラブルによるドライバー死亡の後、F1から撤退していた。
本田宗一郎の伝記で印象に残るコメントを覚えている。正確ではないかも知れないがこんな内容だったと記憶している、「F1で勝利するには、最高に馬力のあるエンジンを作ること、そのためには燃料をバカ食いする構造にすればいいのだ」と・・。環境問題がささやかれ始めたこの時期にである。で、こうも言った「大食いする事を突き詰めて研究すれば、まったく逆もわかるはずだ」と。かつてF1で燃料をいかに大量に使う、超・燃費の悪いF1マシンに関っていたスタッフはその後、CVCCエンジンと呼ばれる、当時の超・低燃費エンジンを開発した。
今回のF1撤退は、サブプライム問題から始まった金融危機が発端、車が売れなくなり、会社の経営危機からだ。残念だけど僕はちょっと期待している、再びあの時のように、全く新しい超々・低燃費のエンジンを開発してくれることを。水素エンジンの車は、すでに発売していて、すばらしいけどものすごーく高価だから、超低燃費・しかも僕でも買える価格で・・・無理かなー。
話は同じ車でも僕の車へ、先日交換して自分でもびっくりのブレーキパッド、残り2ミリ!しか残って無かった。左は新品、右は前輪よりは残っていた後輪のディスクパッド。ブレーキパッドもここまで使えば偉いっと思いません?ブレーキパッドは、もちろんオークションで購入、前後セットで8000円弱也。
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