2010年9月 6日

墨場必携:散文 秋風 秋の気配

         
28木立.jpg                                     22.8.28 東京都東久留米市南沢緑地

 南方熊楠『十二支考 虎に関する史話と伝説民俗』

   また虎嘯[うそぶ]けば風生ずとか風は虎に従うとかいうは、
  支那の暦に立秋虎始めて嘯くとあるごとく、秋風吹く頃より専ら
  嘯く故虎が鳴くのと風が吹くのと同時に起る例が至って多いのだ
  ろう。


 夏目漱石『虞美人草』

   真葛[まくず]が原に女郎花[おみなへし]が咲いた。すらすら
  と薄[すすき]を抜けて、悔[くい]ある高き身に、秋風を品よく
  避[よ]けて通す心細さを、秋は時雨[しぐれ]て冬になる。

         
21桔梗.jpg                                          22.7.21 東京都清瀬市


 宮沢賢治『インドラの網』

   そのとき私は大へんひどく疲れていてたしか風と草穂[くさぼ]と
  の底に倒れていたのだとおもいます。
   その秋風の昏倒の中で私は私の錫[すず]いろの影法師[かげぼうし]
  にずいぶん馬鹿ていねいな別れの挨拶をやっていました。
   そしてただひとり暗いこけももの敷物[カアペット]を踏んでツェラ
  高原をあるいて行きました。

         
28羽黒蜻蛉2.jpg                                      羽黒蜻蛉 22.8.28 東京都清瀬市

 高村光太郎『山の秋』

   秋風は急に吹いてきて、一朝にして季節の感じを変えてしまう。
  ばさりとススキをゆする風が西山から来ると、もう昨日のような
  日中の暑さは拭い去られ、すっかりさわやかな日和(ひより)と
  なって、清涼限りなく、まったく宝玉のような東北の秋の日が毎
  日つづく。空は緑がかった青にすみきり、鳥がわたり、モズが鳴
  き、赤トンボが群をなして低く飛ぶ。いちめんのススキ原の白い
  穂は海の波のように風になびき、その大きな動きを見ると、わた
  くしは妙にワグネルの「リエンチ序曲」のあの大きな動きを連想
  する。ススキ原の中の小路をゆくと路ばたにはアスター系の白や
  紫の花が一ぱいに咲きそろい、オミナエシ、オトコエシが高く群
  をぬいて咲き、やがてキキョウが紫にぱっちりとひらき、最後に
  リンドウがずんぐりと低く蕾を出す。


空水.jpg                                           19.9.16 東京都清瀬市



【文例】 訳詩・近現代詩

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