2010年7月 9日

第85回 螢:夏の夜 螢 魂

第85回【目次】         
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    * 漢詩・漢文
    * 散文
    * みやとひたち




30合歓1.jpg                                       合歓 22.6.30 東京都清瀬市
1 闇もなほ

    夏はよる。月の頃はさらなり、やみもなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。
    また、ただひとつふたつなど、ほのかにうちひかりて行くもをかし。
    雨など降るもをかし。
                       「清少納言枕草子」一段

  
  「枕草子」の第一段、よく知られた「春はあけぼの...」から始まる季節の魅力を連ねた一節の、夏の部分です。

  季節の推移を厳密に暦の上に重ねていた「枕草子」の時代、この「夏は夜...」の「夏」とははっきり陰暦の四月から六月までの三ヶ月を対象にしています。今日の五月初旬(立夏の頃、今年は5月5日)から八月初旬(立秋の頃、今年は8月7日)ほどの時期にあたります。

  この期間のうちおよそ40日が梅雨であることを思うと、古代の「夏」は今日思うよりも雨期という認識が強かったのであろうと思われます。暑さだけではない、極めて過ごしにくい不快な季節であると忌み嫌われていたことが納得されます。

      
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  清少納言もこの時期、さすがに高温多湿の日中には触れておりません。夜の魅力を語ります。日中の暑苦しさを何とかしのいで夜になれば、それだけでもこの時期は楽なのです。

  「月の頃」というのは、ひと月のうち十五日を頂点にして満ち欠けする月の明るく見える時期を言います。夜空に月が照っている十五夜の前後の頃(の月が照る風情)は言うまでもなくすばらしいが、そうではなくて、闇夜でも、数多くの螢が夜空を波打つように飛び交うのはまことに見甲斐のある光景です。また、そうした花々と賑やかに見える灯りでなくて、真っ暗な中を一つ二つの光がはかなげにすうっと流れて行くのも風情がある、と清少納言は語ります。

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  それに続けて「雨など降るもをかし」とありますから、夏は雨期ではありますが、ここまでの夜の記述はもちろん晴れた夜のことです。月夜に並ぶ、闇夜の螢の魅力というのが、この夏の夜の魅力の中心です。そして、梅雨の雨の降るのもまた、この時期の夜の風情であると夏の記述を結んでいます。 


      
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  そもそも生き物が光る、というのは何と不思議なことでしょう。古代の人はこの不思議を目にして、もちろん螢をただの虫とは思えなかったのでしょう。螢には幻想的な詩歌や物語がさまざま生まれました。

      
7蝶蜻蛉.jpg                                     蝶蜻蛉 22.6.12 東京都清瀬市

2 螢の生まれ来るところ

  光る生き物螢の発生について、中国の古典においては大きく分けると二つの伝承があるようです。
  一つは『礼記』月令などが語る説で、「腐草為螢」。草が梅雨時の湿気で腐り、蒸れて螢が生ずるとするものです。科学的に解明されるようになるまでの時期、この腐草から化生するという説は突飛なようですが有力な説でした。我が国にもこれを引く古典が数多くあります。

  もう一つは、これを人魂と同じようなものと見る説です。『詩経』の豳風(ひんぷう)・東山にある詩句「熠燿宵行[熠燿(ゆうよう)宵に行く]」の毛伝(毛氏の注釈)に「熠燿は燐なり、燐は蛍火なり」とあります。墓地に人魂が飛ぶというのは、死体が分解する時に発生する燐であると説明されたりします。これによれば、螢は人魂と同じように動物の死体に由来する存在だということになりましょう(但し、この「螢」を虫の螢とする説の他に鬼火であるという解釈もあります)。

  我が国でも「和漢三歳図絵」(巻五三化生虫類)に、螢が多い宇治川の辺りを述べてこのような記事があります。

    此地特茅草不多。俗以為源頼政之亡魂(此地特に茅草多からず。俗に以て源頼政
    の亡魂と為す)。

  この記述を解釈すると、「普通なら腐草が変化して螢となるところだが、この辺りには茅草が多くないのにも関わらず螢が多いのは、ここで死んだ源頼政の魂が螢となっているのだ」という考えのようです。

     
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  中国では生き物の血から螢が発生するという説もあり、戦死が多くの螢を発生させると言います。宇治平等院の戦いで敗れて死んだ頼政ですが、ここでは亡骸や墓所とは関わりのない話のようですから、遺体の燐が燃えるといった物理的な話ではないことはもちろんです。

  「和漢三歳図絵」の記述がそうであるように、螢を腐草が変化したものであると認めながら、その一方で、死者あるいは生者の場合も含めて、螢の光は人から抜け出した魂がたゆたう姿であると見る受け取り方がひろくなされていたようです。「もの思(も)へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂(たま)かとぞ見る」(「後拾遺和歌集」1163)という和泉式部の歌は実にわかりやすくその感じ方を表しています。「あくがれ出づ」の「あくがる」は現代語の「憧れる」につながる語ですが、原初は憧憬の意味ではなく、「もともといるべき場所を離れてさまよう」という動作をあらわすものでした。次第に、対象にひかれる心持ちを強調して使われるように用法が傾いてゆき、現在の意味に到ったのです。

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3 ゆく螢

    昔、ひとりの男がいた。ある人のいつき娘が、まだ会ったことのないその男に
   恋をして、何とかしてその人に心をうち明けたいと思いながら、言い出せないま
   ま、ついに恋の病で死ぬばかりの有様になってしまった。その段になって初めて
   うち明けられた親は、泣く泣く相手の男にそれを伝えた。男は驚いてその娘のも
   とに駆けつけたが、間に合わず、娘は亡くなってしまった。 
    男はなす術(すべ)もなく、会うこともなかった娘のことを思ってその夜を過
   ごす。時は水無月のつごもり、たいそう暑い時期であって、宵の口は娘を慰める
   べくしめやかに琴など弾き、夜更けてくると、いくらか涼しい風が吹いてきた。
   ぼんやり眺めている庭先を 螢が高く飛びあがる。この男は横になったままそれを
   眺めて詠んだ。

     ゆく螢雲の上まで往ぬべくは秋風吹くと雁に告げこせ
      (ゆく螢よ、雲の上まで飛んで行けるなら、地上にはもう秋風が吹いてい
       ると、だから早くおいでと、雁に告げておくれ)
     暮れがたき夏の日ぐらしながむればそのこととなく ものぞかなしき
      (なかなか暮れない長い夏の日、一日中をぼんやりもの思いに耽っている
       と、何がというのではないけれど、なんとも悲しい気持ちになってくる)

  「伊勢物語」四十五段の全文です。男はもちろん在原業平。まだ会ったこともない娘の恋心、業平にはどうすることも出来なかった片想いの死ですが、物語の「をとこ」には娘を悼む情が看て取れ、そのことがただ悲しいばかりの死を幾分救い、読む者の心も慰みます。

             
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  水無月の晦日、たいそう暑い頃とありますが、暦の上では夏の終わり、間もなく秋がやって来ます。現在のカレンダーの8月上旬の頃をご想像下さい。まだ真夏の区分に入るでしょうが、暑さの勢いも盛りを過ぎ、夜になるとふと涼風を感じたりする、そんな頃です。陰暦は月の満ち欠けの周期が日付そのものに対応します。晦日(つごもり)は、そもそも「月・籠もり」から出来た言葉、細りゆく月がほぼ新月になる頃で、夜空に月のない、清少納言の言う「闇もなを」の時期です。ひとつ高く飛び上がる螢の光が闇に際立ちます。ここでは螢が娘の魂であるとまでは特に述べられておりませんが、一つの死とその夜の一つの光がやはり印象深く結びつきます。

  ところで、この歌で「秋風吹く」と表現するのは古典の常識では「秋になった」ことを意味します。けれども水無月の晦日はまだ厳密には秋ではありません。秋には渡ってくる雁が上空をこちらに向かって飛行しているはずの時期だと当時の人は考えています。その雁に「秋風吹く」と伝えるのは雁を急がせる軽い嘘なのです。それでは、なぜ嘘をついてまで雁を急がせたかったのでしょう。

  遠い距離を季節のたびに行き来する雁は、昔から通信士になぞらえられ、手紙を運ぶとか、伝言を伝えるとかの意匠で詩歌に詠まれました。ここではその通信士を早く呼び寄せようというのです。哀れな娘を生き返らせることは出来なくても、死者の国からせめてその魂だけでも雁の使いとともにこの世に戻って来られないものか、という思いが、雁を急かせる小さな嘘の背景にあるのだと、古典は伝えております。

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  このたびは、螢の詩文を集めてお送りします。文例は第13回にもありますので、併せて御覧下さい。

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【文例】 漢詩

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