2008年9月15日

墨場必携:近現代詩 さびしき野辺 立原道造...

[近現代詩]

・さびしき野辺   立原道造

  いま だれかが 私に
  花の名を ささやいて行つた
  私の耳に 風が それを告げた
  追憶の日のやうに

  いま だれかが しづかに
  身をおこす 私のそばに
  もつれ飛ぶ ちひさい蝶[てふ]らに
  手をさしのべるやうに

  ああ しかし と
  なぜ私は いふのだらう
  そのひとは だれでもいい と

  いま だれかが とほく
  私の名を 呼んでゐる  ああ しかし
  私は答へない おまへ だれでもないひとに
               『優しき歌』所収 

・朝に   立原道造

  おまへの心が 明るい花の
  ひとむれのやうに いつも
  眼ざめた僕の心に はなしかける
  《ひとときの朝の この澄んだ空 青い空

  傷ついた 僕の心から
  棘を抜いてくれたのは おもへの心の
  あどけない ほほゑみだ そして
  他愛もない おまへの心の おしやべりだ

  ああ 風が吹いてゐる 涼しい風だ
  草や 木の葉や せせらぎが
  こたへるやうに ざわめいてゐる

  あたらしく すべては 生まれた
  露がこぼれて かわいて行くとき
  小鳥が 蝶[てふ]が 昼に高く舞ひあがる
               『優しき歌』所収

同じカテゴリの記事一覧