2008年7月 1日

第37回 雨に夏が調う:合歓の木、子守歌、枇杷、からす

[7月の文例] 和歌  俳句  唱歌・童謡


20.6.25 東京都清瀬市

1 子守歌の力
  薄紅[うすくれない]の 花の咲く
  ねむの木蔭[こかげ]で ふと聞いた
  小さなささやき ねむの声
  ねんね ねんねと 歌ってた
           (「ねむの木の子守歌」(美智子皇后陛下)より抜粋)

  雨の合間にふと気づくと、木々は緑濃く茂り、草の花々には陽のにおい。あたりはすっかり夏めいてまいりました。繁った森の中に、今合歓(ねむ)の木が花盛りです。合歓の木は豆科の植物。対になって広げているいる細かい葉を夜になるとぴたりと閉じて重ねます。それをお休みの姿、眠っているように見て、眠りを連想させるものになったのでしょう。花言葉は「夢想」。ほんのりと煙るように咲く赤い花も、夢みているようで幻想的です。


20.6.28 東京都清瀬

  この植物が眠りと関連づけられて以来、夜の歌の題材になるのは当然のことでしたが、『万葉集』などでは男女の共寝を暗示する植物でした。当時から用いられている「合歓」という用字もその逢瀬の幸いを当てたものです。音は「ねぶ」と濁音でした。しかし、今日、合歓の木といえば、「ねむ」「ねむい」のネムの音の力もあって、もっとわかりやすい睡眠のイメージがこの言葉の中心を占めています。 皇后陛下の御作になる「ねむの木の子守歌」は詩の世界にことに深くこの木の印象を刻みました。子守歌といえば合歓の木、のような深いつながりを持つまでに至っています。

  子守歌は繰り返し歌いながら、歌ううちに、歌っている側も不思議に慰撫されてくるものです。子育ての頃の若い親の疲れや苦しみを、優しい歌の力がひととき癒してくれる、それは幸せなことです。     

  数日前から近くの川に鴨の雛の姿が見られるようになったのも、夏の到来を感じさせます。ふわふわした丸い毛糸玉のような雛鳥が、一日一日明らかに様子を変え、鳥らしい姿に育ってゆくのはおもしろくも不思議な光景です。




20.6.27 東京都清瀬市柳瀬川

  何心無げに群になって遊んでいる雛鳥たちを、付かず離れず守っている親鴨の声を、ここにお届けできないのが残念です。気遣わしげな、何ともやさしい声で絶えず呼びかけています。「ちゃんと付いてきなさい」とか、「よそ見しないで」とか、「一人で行ってはダメよ」などと注意でもしているのでしょうか。これがまさに自然のありようなのでしょうが、実に愛情深く感じられます。


20.6.27 東京都清瀬市柳瀬川

  これだけたくさんの雛がいて、あたりが鴨だらけにならないというのは、無事に大人になれる鳥が少ないからでしょう。川の周辺にはかわせみや鷺の仲間などきれいな鳥をさまざま見かけますが、中には子鴨を狙う天敵も多いと聞きます。自然界の子育てはまさに命懸けの厳しさです。


コサギ 20.6.22 東京都清瀬市柳瀬川


鷺の王 ゴイサギ 20.6.22 東京都清瀬市柳瀬川

     『平家物語』に「五位鷺」の名前の由来があります。醍醐天皇が神泉苑に
      行幸された折、池で遊ぶ鳥を見つけ、「あの鷺をとってまいらせよ」と命
      じられた。鷺は羽繕いして飛び立つところでしたが、「宣旨(せんじ)で
      ある」と言ったところ、止まって飛び立たなかった。天皇は「汝が宣旨に
      従ったことは神妙である」と褒め、鷺を五位になし、以後鷺の中の王たる
      べしと定めた、という逸話です(巻五都遷り)。


カワセミ 20.6.25 東京都清瀬市柳瀬川


20.6.28 東京都清瀬市柳瀬川堤

  森に合歓の花が開き、鴨母の子育て忙しいこの時期にちなみ、このたびは文例に子守歌と子育ての風景、そして合歓の花を集めてみました(※)。

  ※著作権の関係上新しい子守歌の多くはご紹介できません。是非お知らせしたい
   ものを一部抜粋などの形式で掲げてあります。 


同じカテゴリの記事一覧