2008年5月15日

墨場必携:近現代詩・訳詞 よくみるゆめ ポオル・ヴェルレエヌ...

[近現代詩・訳詞]

・よくみるゆめ  ポオル・ヴェルレエヌ
         『海潮音』上田敏

  常によく見る夢乍[なが]ら 奇[あ]やし、懐かし、身にぞ染む。
  曾[かつ]ても知らぬ女[ひと]なれど、思はれ、思ふかの女よ。
  夢見る度のいつもいつも、同じと見れば異なりて、
  また異ならぬおもひびと、わが心根や悟りてし。

  わが心根を悟りてしかの女の眼に胸のうち、
  噫、彼女にのみ内証の秘めたる事ぞ無かりける。
  蒼[あを]ざめ顔のわが額、しとどの汗を拭ひ去り、
  涼しくなさむ術あるは、珠の涙のかのひとよ。

  栗色髪のひとなるか、赤髪のひとか、金髪か、
  名をだに知らね、唯思ふ朗らか細音のうまし名は、
  うつせみの世を疾く去りし昔の人の呼び名かと。

  つくづく見入る眼差は、匠[たくみ]が彫[ゑ]りし像の眼か、
  澄みて、離れて、落居たる其音声の清[すず]しさに、
  無言の声の懐かしき恋しき節の鳴り響く。


・歌の翼に  ハイネ
       久野静夫訳詞

1 歌の翼に あこがれ乗せて
  思いしのぶ ガンジス
  はるかの かなた
  うるわし花園に 月は照りはえ
  夜の女神は 君をいざなう
  夜の女神は 君をいざなう

2 すみれの花は ささやく 星に
  ばらは ほほえみて
  ほのかに 香る
  うるわしの花園に 鳥はたわむれ
  夜の女神は 君をいざなう
  夜の女神は 君をいざなう

3 今宵(こよい)も憩わん 椰子(やし)の葉陰
  ともに語りて 楽し夢見ん
  楽し夢見ん 楽し夢



・祭の宵  フランス民謡
      小林愛雄訳詩
 
一 五月の日
  草を踏み
  花を持ち
  踊りませう

二 靑葉かげ
  胸を張り
  腕をあげ
  踊りませう


・夢路より(夢見る人) 津川主一訳詞

1 夢路より かへりて
  星の光 仰[あふ]げや
  さわがしき 真昼の
  業[わざ]も今は 終はりぬ
  夢見るは 我が君
  聴かずや 我が調べを
  生活[なりはひ]の 憂ひは
  跡もなく 消えゆけば
  夢路より かへりこよ

2 海辺より 聴こゆる
  歌の調べ 聴かずや
  立ちのぼる 川霧
  朝日受けて 輝(かが)よう
  夢見るは 我が君
  明けゆく み空の色
  悲しみは くもゐに
  跡もなく 消えゆけば
  夢路より かへりこよ

  ※フォスターの歌曲で知られる。



・ほととぎす  近藤朔風作詞

  おぐらき夜半[よは]を
  独りゆけば
  雲よりしばし
  月はもれて

  ひと声 いずこ
  鳴くほととぎす
  見かえる瞬間[ひま]に
  姿消えぬ

  夢かとばかり
  尚もゆけば
  またも行手[ゆくて]に
  暗[やみ]はおりぬ


・ゆめうつつ   国木田独歩

  昨夜の夢のあやしさを
  語りつくさんすべもがな
  ゆくへも知らずさすらふは
  我が身か、あらず、影なるか、
  暗きをたづぬるをのこあり

  仰げば空の星消えて
  常世の闇の光なし
  とばかりありて星一つ
  とばかりありて二つ三つ
  輝き出でぬくれなゐに
  見る間たちまちむらさきに
  我が身か。あらず、影なるか、
  をののき立てるをのこあり


                    20.5.14 東京都清瀬市

・のちのおもひに   立原道造

  夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
  水引草に風が立ち
  草ひばりのうたひやまない
  しづまりかへつた午さがりの林道を

  うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
     そして私は
  見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
  だれもきいてゐないと知りながら 語り続けた......

  夢は そのさきには もうゆかない
  なにもかも 忘れ果てやうとおもひ
  忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

  夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
  そして それは戸をあけて 寂寥のなかに 
  星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう
                   『萱草(わすれぐさ)に寄す』
  ※萱草はユリ科の植物カンゾウ。オレンジ色の小さなユリの仲間。山地に咲く。


・夢みたものは   立原道造

  夢みたものは ひとつの幸福
  ねがつたものは ひとつの愛
  山なみのあちらにも しづかな村がある
  明るい日曜日の 青い空がある

  日傘をさした 田舎の娘らが
  着かざつて 唄をうたつてゐる
  大きなまるい輪をかいて
  田舎の娘らが 踊つてゐる

  告げて うたつてゐるのは
  青い翼の一羽の小鳥
  低い枝でうたつてゐる

  夢みたものは ひとつの愛
  ねがつたものは ひとつの幸福
  それらはすべてここに ある と
            『優しき歌』Ⅹ


               カワセミ 20.4.30 東京都清瀬市

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