2008年5月 1日

墨場必携:近現代詩・訳詞 五月の歌 オーヴァーベック

[近現代詩・訳詞]

・五月の歌  オーヴァーベック 
       訳詩 青柳善吾

  楽しや五月 草木はもえ
  小川の岸に すみれにほふ
  やさしき花を 見つつ行けば
  心もかろし そぞろあるき

  うれしや五月 日影ははえ
  わか葉の森に 小鳥歌ふ
  そよ風わたる 木かげ行けば
  心もすずし そぞろあるき


・詩神   アルフレッド・ド・ミュッセ「五月の夜」より
      訳詩 上田敏「海潮音」

  うたびとよ こといだけ[琴抱け] くちふれよ
  はつざきのはなさうび[花薔薇] さきいでて
  このゆふべ かぜぬるし はるはきぬ。
  あけぼのを まつやかのにはたたき
  あさみどり わかえだにうつりなく。
  うたびとよ こといだけ くちふれよ


         20.5.1 東京都清瀬市野塩明治薬科大学薬草園

・窓前初夏(抜粋)  木下杢太郎[奥の都]所収

  牡丹のあとに芍薬つつじまた射干(ひあふぎ)
  空晴れて丸蜂飛ぶ。


・林中   野口米次郎「巡礼」所収

  林中に坐つては私は最早野蛮人にあらず
  肉感の苛立も私の所有にあらず

  今日風に従つて彷徨(さまよ)ふ ああ 何たる奇跡ぞや
  私の詩心よ 君は飛ばんとするならんが、暫時(しばし)私と共にあれ

  私と鳥は互の伝記者たることこそ げに幸ひなり
  鳥は私の歴史を編み 私は鳥の歴史を編む

  枯れし花より星生れるといふ神話は現実なり
  私死せし時 君よ 私の霊の存在を情熱の花椿に問ひ給へ


                    20.4.23 東京都清瀬市

・新緑(冒頭部から抜粋)   野口米次郎「山上に立つ」所収

  樹木のあらゆる枝の先から
  湧き出る木の葉の新緑
  太陽の光を受けて これを譬へば
  差して来る大洋の青い潮をしやくつて
  樹木の上で氷結させたやうだ
  ああ なんといふ壮麗 私は嘗てこんんあ自然の現象を見たことがあるか
  余り長く眺めていると 私はきつと盲になるであらう
  実際 物心ついてから私がこんな樹木の壮麗さを見るのは今日が初めてだ
  また こんなに樹木が壮麗に見えるのも今年中で今日だけかも知れない
  自然は時々刻々に変つてゆく
  このことを思ふと私は恐ろしく身震ひする
  あれ御覧なさい 鵜もが一片動いて来る
  そら 日が蔭りはじめる
  一瞬間前に青水晶の山とも見えた樹木の色が薄れてゆく

・五月(抜粋)   西脇順三郎「Ammbarvalia」所収

  マリイゴウルドの花輪に
  飾られた僕の頭は五月の風に
  縮れ 黄金に波うつ

  小鳥の鳴く海か
  果実の影か
  首環の破裂か


                  20.5.1 東京都清瀬市野塩


・田園の憂鬱(抜粋)   西脇順三郎「礼記」所収

  坂の五月
  マロニエに花咲くころ
  何人も永遠にもどるために
  月を待たず旅立つのか
  三千年の代のささげる
  この故園のかたみの
  このマロニエの花も
  野原の雲を色彩る
  紅のサンザシの花も
  この旅人の帽子をくゆらした
  リラの花も
  もう見えなくなつてしまつた
  すべては去つてしまつた
  人間の見る夢も終わつてしまつた
  日時計は葉にかくれた日を語らず
  水は流れをとどめて悲しむ


・静かに来たれ懐かしき(三高行春哀歌) 矢野峰人作詞

  静かに来たれ懐かしき
  友よ憂ひの手を取らん
  曇りて光る汝(な)が瞳(まみ)に
  消えゆく若き日は嘆く

  われらが影をうかべたる
  黄金(こがね)の盃(つき)の美酒(うまざけ)は
  見よ音もなくしたたりて
  にほへるしづくつきんとす

  げにもえ分かぬ春愁の
  もつれてとけぬなやみかな
  君が無言のほほえみも
  見はてぬ夢のなごりなれ

  かくも静かに去りゆくか
  ふたつなき日のこのいのち
  うゑたる暇もひそびそと
  薄るるかげのさみしさや

  ああ青春は今かゆく
  暮るるにはやき若き日の
  うたげの庭の花むしろ
  足音もなき「時」の舞

  友よわれらが美(よ)き夢の
  去りゆく影を見やりつつ
  離別(わかれ)の酒を酌(く)みかわし
  わかれのうたにほほえまん




・ばらのホテル  坂口淳作詞

1 ひまわり時計(どけい)に 朝日がさして
  ばらのホテルの お窓があいた
  あくびしながら 足長蜂(あしながばち)が
  しまのネクタイ むすんでいるよ

2 ひまわり時計が 十二時させば
  ばらのホテルの グリルがひらく
  赤い小さな スリッパはいて
  おしゃれな蝶ちょも でかけていくよ

3 ひまわり時計も 見えなくなって
  ばらのホテルの 灯りがついた
  青い背広の はたおり虫が
  じまんのセロを ならしているよ


・鳥啼くときに  立原道造「優しき歌 I」
    式子内親王《ほととぎすそのかみやまの》によるNachdichtung
 
  ある日 小鳥をきいたとき
  私の胸は ときめいた
  耳をひたした沈黙のなかに
  なんと優しい笑ひ声だ!

  にほいのままの 花のいろ
  飛び行く雲の ながれかた
  指さし 目で追ひ----心なく
  草のあひだに 憩(やす)んでゐた

  思いきりうつとりとして 羽虫の
  うなりに耳傾けた 小さい弓を描いて
  その歌もやつぱりあの空に消えて行く

  消えて行く 雲 消えて行く おそれ
  若さの扉はひらいてゐた 青い青い
  空のいろ 日にかがやいた!



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